第43話
翌日から、戦闘魔術の訓練が始まった。
放課後、呼び出されたのは以前の様な自習室ではなく、戦闘科が使う屋外演習場だった。殆ど訪れたことがないため少し迷ったが、集合時間五分前には到着することができた。
「来たか」
各務がベンチから立ち上がる。身長180程の、比較的大柄な体躯。だが決して熊のような絶望的な体格はしていない筈なのに、まるで蛇の睨まれた蛙のように動きが固まる。ピキッ……と空気が軋む音がした。
「術式は覚えたか?」
「すいません。まだ二割ぐらいしか……」
「充分だ。来週までには発動テストを済ませておけ」
「はいっ」
てっきり叱られると思っていただけに、声が無意識に上擦る。訓練というから魔術を使えなければ意味がない筈だが、今日は何をするのか。
各務は腕を組んだまま、じっとこちらを見た。やはり術式を覚えてこなかったのを怒っているのか、と不安になっていると。
「避けろよ」
「よけ?」
前触れのない言葉に一瞬遅れて、その腕がブレた。軌道が補足出来ない。が、条件反射的に頭を防御する。破壊されたら修復はほぼ不可能なのが脳だ。自然、最優先で守る。
目の前でクロスしたその腕に、強烈な衝撃が襲い来た。ガードの上からの攻撃に一瞬安堵するも、脳内には疑問符がいくつも過ぎる。
追撃を警戒しつつ、相手を見据える。先程と変わらず仁王立ちのまま、こちらをじっと見つめる男性。その佇まいは、攻撃を加えたとは思えない程に落ち着いている。
その姿に、各務が教師である以前に、暴力が日常にある人間だということを思い知らされる。
「……何故避けなかった」
「っ」
それは短く静かな叱責だった。頬が強張る。もう既に訓練は始まっていた。
「俺が全力で殴れば、お前は死んでいたぞ」
「………………」
ガードした腕に目線をやる。赤みがかってはいるが、折れたり血が噴き出たりはしていない。原型を保ったそれが破壊される様を幻視する。ぞわりと鳥肌が立った。
「戦闘魔術は一撃一撃が必殺だ。対抗魔術を展開せずに食らえば、良くて致命傷、最悪消滅だ」
サバイバル演習でも何度と魔術に晒された。何度も死を想像したそれが、真に死にかけていたと知らされる。
見なくてもわかる。膝が笑っている。
微かに揺れる視界で、各務は話し続ける。
「死にたくないなら避けろ。防御など考えるな。触れれば死ぬと心得ろ」
「っ……はい!」
掲げていた腕を下ろし、深呼吸。前を見据え、膝を緩く曲げて溜めを作る。バレーボールのレシーブのように、左右の動きに重きを置いた構え。
「よし」
各務が腕を緩く掲げ、半身になる。構えを取った。無駄な力を削ぎ落としたその構えは、攻撃速度を出すための脱力。ーー来るっ!
思いっきり首を傾けると、さっきまで右目があった空間を細く白いものが抉り取っていく。速度は反応できるギリギリ。ズキリと首筋が痛む。慣れない動きは無駄が多く、自分さえ傷つけてしまう。
「ほう」
続けて繰り出された前蹴りはバックステップで避ける。間合いさえ取ればーー
「がっ!」
鳩尾の下、腹筋を打ちつける不可視の圧力。地面から一瞬浮き上がり、背中から落下。呼吸が数秒止まり、ようやく吸った息が肺を痛めつける。
「お前が相手にするのは魔術師だ。軌道を予測しろ。術式範囲から逃れろ。紙一重で躱そうなどと小賢しい真似はするな」
「はぁ、はぁ」
それがどれほど難しいか、わからない各務ではない。だが、その困難を実現しないと強くはなれない。そう突きつける。
「休憩は終わりだ。いくぞ」
「……っ!」
それからも少年は避け続けた。しかしその努力虚しく、この一日で二十回以上も吹っ飛ばされることとなる。
守る。それがあまりにも、遠い。
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