第42話

 どんな世界にも天才がいて、落ちこぼれがいる。

 才能があればそれだけ大成し、無ければ早々に限界が訪れる、残酷な現実。

 魔術の世界にも、才能という概念は勿論ある。だがそれ以上に重視されるのが、地道な努力だ。

 先天的に得られる才能は魔力量ぐらいで、術式を覚えることも、魔力操作も、努力でどうにかするしかない。勿論そこにも多少の才能は関係するだろうが、努力すれば必ず上達するものーーとされている。

 だからこそ、俺は地道に信じ続けることができた。才能がないんじゃない。努力が足りないんだと、心地良い自己嫌悪に浸ることができた。それ以上、考える必要は無かった。

 結果が出ないことに甘えていたんだと思う。進歩することは、自分の世界が変わることだ。今まで出来なかったと、手を伸ばそうともしなかったものが射程範囲に入る。

 ーー今までは魔術を使えなかった。

 応急処置以上の治療が出来なかった。

 ーー今は、魔術が使える。

 大怪我であろうと、その場で治療することが出来る。

 昔の貴族が持っていたとされるノブレスオブリージュの精神に似ている。権力を握る者には相応の社会的義務があるという意味だったか。現代の魔術師も、似たようなものだろう。魔術という便利で強大な力を行使する権利を持ち、それと同時に人々を救い、国家を守る義務がある。いずれ国内外問わず、その力を振わなくてはならない。

 俺もいずれはそうなる。そうならざるを得ない。魔術とはそれ程に重い力だ。

 ーーそれに気づいた途端の恐怖は、忘れることはない。忘れてはいけないんだと思う。

「ふぅ……よしっ」

 顔を上げる。正面に写る顔は濡れたままで、目の下に薄っすらと隈があった。パシンと頬を叩き、赤みを与えて誤魔化そうとする。……差して変わらない。が、気分は幾分かマシになった。

 タオルで顔を拭い、身支度を整えていく。医療科の学生は清潔感が大事だ。寝癖を残したままでは悪目立ちしてしまう。

 制服に袖を通し、軽く鏡で確認したら完了だ。

「行ってきます」

 普段は言わないけれど、今日だけの挨拶。

 扉が閉まる音が大きく、そしてささやかに響いた。

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