第41話

「さて。早速訓練と、いきたいところだが……その前にやることがある」

 そう言って何かがポンと投げ渡される。

「あの、これっ」

「言ってなかったか?事情は奴から聞いている」

 腕の中に収まったそれは見覚えのあるーー上川魔専の女子制服。これが渡されたということは……。

「うがぁぁぁぁぁぁ!」

 斎藤は耐えきれないとばかりに悲鳴を上げた。羞恥心で気が狂いそうだ。命ごと記憶を捨てたい。

「おい。ショックなのはわかるが、ゴミ箱に頭を突っ込むのは理解できん」

「私は粗大ゴミになりたい」

「めんどくせ」

 そのまま放置されること数分。ようやく立ち直り、それで……と自分から話を切り出した。

「何をするんです?」

「まずその軽そうな頭にかぶったビニール袋を捨てろ」

「あっ、はい」

 ガサガサ音を立てるビニール袋を丸める斎藤を、各務は白けた顔で見つめていた。

 居住まいを正したのを確認し、改めて口を開く。

「話を戻そう。今日、お前には大事なことを決めてもらう。ーー何かわかるか?」

 水を向けられ、数秒考える。

「覚悟……ですか?」

 文脈には合っている。いかにも師匠と弟子の会話のようだ。しかし、ここは教育機関。そのような前時代的な問答は似合わない。

「似て非なるものだ。決めるのは二つーー短期目標と長期目標。まず何を達成するか、これから何を目指すのか、だ」

「これから、何を目指すのか……」

 奇しくもそれは、この一ヶ月ずっと考えてきたことだった。

 明石との特訓で、魔術が使えるようになった。サバイバル演習で、自分の無力さを知った。

 そして今、戦闘魔術を習得しようとしている。

「………………」

 床を見つめて固まる少年。このまま悩ませてもいいが……出来れば今日中に訓練に入りたい。口頭指導は柄じゃないんだが……と各務は頭をかいて、

「サバイバル演習で、お前は後悔した筈だ。そして、自分の理想を思い描いた筈だ」

「理想……」

 脳裏に浮かぶは後悔の記憶。より早く癒せたら、より速く走れたら。ーーより強く、守れたら。

「守れるように、癒せるように」

 自然と口をついて出た言葉。それは酷く青臭く、そして真摯な願い。

「それがお前の理想か?」

「えっ……は、はいっ」

 無意識の言葉に返事をされ、声が上擦る。それに口の端を僅かに緩めて、しかし目は厳しく彼を睨めつける。

「であれば、お前は強くならねばならない。寝不足でパニックを起こすような惰弱は金輪際許さん」

「んぐっ……はいっ」

 黒歴史を突かれ、思わず胃液が迫り上がってくるのを飲み下す。一滴残らず、悔しさも、無力さも。

「いい顔だ」

 苦渋を噛み締める表情は決して格好の良いものではない。だがそれこそが、各務の見たかったものだ。前に進もうとする人間の顔だ。

 進む道を決めたのなら、後はその道をどう進むか。それを示すのは教師の仕事だ。

「長期目標は決まったな。次は短期目標だ。これは俺が決める。お前はそれをこなせ」

「はいっ!」

「まずは拡圧の習得を目指す。消費魔力も少なく、扱い易い。防御にも転用できる。ある意味で万能な魔術だ」

 拡圧は真木も使っていた魔術だが、万能と言えるほど汎用性があるとは知らなかった。真木のように戦闘魔術を使いこなす自分を想像する。うーん……難しい。

「何を惚けている。支度をしろ」

「あぇ?」

「何のためにそれを渡したと思ってる。早く着替えろ」

 そう言って斎藤の胸元を指し示す。そこにはずっと抱えられていた女子制服。

「あっ……」

 理解した表情を見て取り、踵を返す各務。渋々脱ぎ出す少年を見ないようにしながら、自習室を出た。

「守りたい、ね……」

 彼は思い出す。前線に立っていた頃。そこで喪った彼らのことを。

「……出来ればいいな」

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