傷んだ果実。

@ng0404

Episode1 期待はずれは、的外れ。

『お前は期待外れの人間だ。』

その言葉を言われると、少しだけ安堵してしまうのは何故だろうか。私に勝手に希望を抱き、勝手に失望や絶望をしている事がちゃんちゃらおかしくて堪らないのだろうか。どれ程罵倒されても、心が擦り減りそうになるくらいボロクソに言われても、解放感に溢れて笑みが溢れてしまいそうになる。その笑みを見られないように口元を固く結んだ。

最初から私は貴方の期待に応えようとはしていなかった。だって私は……貴方の操り人形ではないのだから、従う理由など何も無いでしょう?貴方が私にしていた事は酷くつまらない、理想像を押し付けていただけだったのだ。そんな事も気づかずに勝手に期待して怒っているなんて、滑稽に過ぎない。

怒声が鳴り響いているけれど、私の耳からはすり抜けて空気へと変わっていく。顔を赤くして必死に怒る貴方を見て、ぼんやりと別の事を考えていた。今日の晩御飯は何だろうとか、放課後は友達と何処へ遊びに行こうか、とか。平凡な生活を送って適当に時間を無駄にしながらも、無駄ではないと思い込んで生きて笑っていたい。それが私の意思だ。別に私は才能を開花させようだとか、誰にも負けない何かが欲しいだなんて思った事は1度もない。ただ、私には神様の気まぐれでたまたま人よりも優れているモノを与えられてしまっただけだ。それを私がどう使おうが、私の勝手だ。

貴方は私が結果を出し、私の評価が上がれば貴方の評価が上がる、なんて欲塗れで馬鹿げた事を考えていたのだろう。人の評価で自分の評価を上げようだなんて考えは捨てなさいよ、みっともない。私が実力を伸ばしたところで貴方が実力を伸ばした訳でも何でもないのだから。そんな事も知らずに数十年間もよく生きてこられたものだ。

『聞いてるのか!?』

『……聞いてませんでした。』

堂々と貴方の目を見て、わざとらしく反抗的な態度を取る。先程よりも怒りに満ち溢れた表情を見つめながら、ニコリと微笑んだ。

『先生の評価を上げられなくてすみません。』

皮肉めいた言葉を投げつけて、そのまま背を向ける。広い教室なのに、張り詰めた空気で肩身が狭く感じる領域からやっと離れると、一息ついた。

勝手に期待していたのは貴方であり、私は期待など不必要だったのだ。貴方の型にはハマらなかった、ただそれだけだ。人の気持ちも理解出来ない人間が型にハメようだなんて烏滸がましいにも程がある。貴方が私の事を『期待外れ』だと思うのならば、私は貴方の事を『的外れ』だと思っている。

他人に、過度な期待をするだけ無駄な事はない。人の心など簡単に動かす事など出来ないのだから。そして、私の心が従うのは私以外いないのだから。

……なんて、思えていたのならば、もっと私は生きていくのが楽だったのだろうか。

今日もまた、息の詰まるような感覚を覚えながら、笑顔を振りまいていく。無邪気さは、全て過去に置いていったのに、無邪気なフリが出来てしまうのは、今の私が生きていく事に必要なスキルや力を培ったからなのだろう。必要以上に、必要とされたくない。平凡な幸せを生活を与えてくれるならば、何も望まない。瞳を閉じると脳裏に焼き付いて離れない言葉。

それは……『期待しているからな。』これは、私にとって最も的外れな言葉だ。


END

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