44.それはそう間違いではない。

「……全く。あんたは色々考えているよ」


 何だ? とつぶやきのようなその言葉に、盟主は鋭く反応した。


「聞こえていたのか」

「聞こえないとでも思ったのか?」


 思ってはいない。おそらくこの彼らの盟主は、聞こえない言葉でも聞き取ってしまうだろう、とコルネル中佐は思っていた。実際それは間違いではないだろう。

 あれから、数ヶ月が経っていた。

 中佐は珍しく盟主直々の呼び出しに彼は応じていた。相変わらずの美貌に、半ば感心、半ば呆れながらも、彼はのらりくらりとした会話を盟主と交わしていた。


「ノーヴィエ・ミェスタの方は、あれから最初の州主席となったブラーヴィンが失脚したそうだ」

「へえ」

「女優の愛人と一緒に居たところを、逮捕され、そのまま蜂の巣になったという報告が入っている」

「へえ。女優のね。で、その女優さんも一緒に蜂の巣にされた訳か?」


 さりげなく彼は訊ねる。その愛人に心当たりが無い訳ではない。


「そこまでは入ってきていないが。気になるか?」


 いーえ、と彼は手をひらひらと振る。まあおそらくあの彼女なら、生き延びるだろう、と彼は踏んでいた。彼女は強いのだ。そう簡単には男や政治といった頼りないものには殉じないだろう。


「現在は、騒乱の際に裏で指揮を取ったとされるカシーリンが中央に陣取っている。元々我々の計画は我々の息のかかった彼にその位置を取らせることだから、そう悪い結果ではない」

「そのノーヴィエ・ミェスタだけど」


 何だ? とMは長い美しい黒髪を揺らせた。だが視線の表情は変わらない。


「……いや、何でもない」


 訊ねたところで、この盟主は答えないだろう、と中佐は思った。それに、理由が何であっても、別にどうでもいいような気はしていた。


「お前の言いたいことは判るが」

「そう言うだろうと思ったよ」

「答えないと思っていただろう」

「思っていたけど。違うか?」


 彼はにやり、と笑う。


「その通りだ」


 だろうな、と彼は苦笑する。


「で、今日は俺に何の用な訳? 我らが愛しき盟主様」

「話と言うのは」


 Mは机の引き出しを開けると、一つの小さなプレートの様なものを取り出し、彼に手渡した。

 よく見ると、そこには鎖がついている。単純にペンダントと言っても不思議はない。

 だが、ペンダントにしては、重い、と彼は受け取った時に感じた。つまみあげ、彼は光に透かすようにして眺めながら訊ねる。


「何ですかね、これは」

「これまでは私が持っていたのだがな」


 へ、と彼は目を丸くする。


「お前はあれを再起動させることができたようだな」

「ああ。まあ成り行きで」


 突然話の矛先がそこに変わったのに彼は驚いた。


「まあ成り行きでも何でも私は良いのだが」


 盟主は珍しく、その無表情の中に、笑みに似たものをたたえている。何となく彼は嫌な予感がした。


「あれからもお前達は時々会っていると聞くが」

「まあそれなりに」


 連絡員は相変わらず連絡員だから、軍警の役割から消えたとしても、別の場所で会うことくらいあるだろう。そもそもその命令を出すのは自分ではなかろうか、と彼は内心思う。


「それが点滅すると、奴が倒れている、ということだ」


 は? と中佐は目を丸くした。


「その時お前が暇ならば、行って起こしてやるがいい」


 ちょっと待て。


 彼は珍しく動揺する自分を感じていた。


「確かお前は、いつかその時が来たら、自分が殺してやると奴に言っただろう?」


 言った。言ったが。確かその時は。


 出歯亀め、と彼は内心つぶやく。行為自体は別段見られて困るものではないが、そういう言葉を自分が吐いた、ということは奇妙に恥ずかしいものがあった。

 まあ確かにその可能性はあったのだ。映像を自分に送り込まれている時点で、彼はMの目を何処かで感じてはいたのだ。

 そして盟主は付け足した。


「殺すくらいなら、私はあれには生きていてもらいたいのでな」


 中佐は肩をすくめると、面倒くさそうに答えた。


「まあ前向きに検討するよ」



 厄介なものを受け取ってしまったものだ、とペンダントにして引っかけている発信器を何となくいじりながら、彼は思う。

 盟主の居る帝都から、彼の赴任地のサルペトリエールへは幾つかの乗り換えが要る。

 そしてその途中の宙港で偶然を装った連絡員が合流してきた。

 乗り換えの時間待ちの客が沢山たむろす待合室は、様々な言葉が飛び交っている。様々な放送が横並びで流されている。誰が何を言ったところで、いちいち聞き取りはしない。


「何か寒くなってきたねー」


 隣に座り込んだ連絡員は明るく笑いながら言う。


「……ああこの惑星は今冬だからな。そーいや、お前確か、冬は嫌いじゃなかったっけ」


 中佐は煙草に火を点けながら言う。キムはその様子をのぞき込むようにして見ながら、


「うんまあ。嫌いだけどさ」

「だけど?」


 彼はキムの方を横目でちらり、と見る。


「ま、でも別にいいかと」

「ふーん。どういう心境の変化やら」

「あんたと違って俺はデリケエトなのよ」


 ぬかせ、と中佐は連絡員の頭を上から平手ではたく。


「何すんのよっ。形が悪くなるじゃないのっ」

「ああ悪い。そこに蚊がな」


 う~、とうなりながら連絡員は、両眉を寄せる。

 と、そこにぴんぽんぱんぽん、と昔ながらのアナウンスメロディが響いた。


『……お知らせ致します…… 現在宙港付近、吹雪のため、全線の発船を見送っております……』


 ざわめきの中でも、彼らの耳は聡くその情報を聞き逃さない。ありゃ、とキムは声を立てた。


「……全線見送りだって……」

「はて」


 中佐も多少それにはあきれた。この時代に、吹雪で発船を見合わせとは。

 宙港のインフォメーションカウンタに行くと、どうやらこの惑星の場合、吹雪の時には、磁気嵐も起こるのだという。


「だから、その場合には、当宙港内のホテルは、そんなお客様を優先的に宿泊の割引サービスを行ってますが」

「ふうん」


 ちら、と中佐は斜め後ろの長い髪に視線を走らす。にやりと笑うと、彼はカウンタに向かってにやりと笑った。


「じゃ部屋一個用意してくれる? スイートで」

「スイートで? お客様お一人ですか?」

「いんや」


 彼は嫌な予感を感じて逃げ出そうとしたキムの腕をむんず、と掴まえた。無論中佐の力に彼が勝てる訳がない。


「これが一緒。俺たちアイしあってるんでー」

「はあ……」


 さすがにプロである。この派手な外見の二人がそうであると言われようが何だろうが、一瞬の驚きの後には、すぐさま事務的な手続きにかかっていた。


「……おいあんた」

「何だよ間違ってないだろ?」


 ささやかな意趣返しもある。キムもまた、彼が盟主の元に行って何かを言われたのだろうと予想はしていたので、苦い顔をしつつも、逃げ出すことは放棄した。

 ま、いいか、と彼は思った。


 それは、そう間違いではないのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

反帝国組織MM⑧制御不可能~機械仕掛けの二人の最初の仕事は失敗が判っている革命。 江戸川ばた散歩 @sanpo-edo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画