42.こいつはレプリカントの生き残りなんだ。
コルネル中佐は、爪を拭うや早いが、もう一人の倒れている者の方に近づいて行った。
あの時のレーザーソードは、確かに彼の首をかすめはしたが、決して致命傷ではなかったはずだ。
だが彼の近寄るのは判るだろうに、キムが起きあがる気配はなかった。
中佐は仰向けに横たわるキムの横にひざまずくと、首の左横に出来ている傷を見た。血が流れているように、見えた。だがそれは変色して固まる様子はない。人工のものだと確信した。
もう少しよく見ようと思って、上半身を自分の膝の上に乗せた。そしてうなじのあたりの髪をかき上げる。傷はその辺りまで達している。と。
何かが、彼の目に飛び込んできた。
……数字?
長い髪の毛を、中佐は大きくかき上げた。うなじのもう少し上の地肌にあたる部分に、数字と…… アルファベットが書き込まれている。
かき分け、それを彼はつなげてみる。
KM-12864578。
そんな馬鹿な。
メカニクルである可能性はある。だが、現在のメカニクルには、アルファベット二文字の製番は無い筈なのだ。
それは何故だったろう? 無意識に自分の赤い髪をかき上げながら、彼は叩き込まれた知識をひっくり返す。
彼自身にも、その赤い髪の下に、かつて言われたナンバーが刻まれているはずだ。
KZ-152、とMは言った。現在のファーストネームはそこから付けられている。忘れられる訳がない。おそらくはキムもそうなのだろう。だが。
だが、ラテンアルファベット二文字というのは、かつて使われ、そして廃番になったから、現在の実験体に使われているのだ。
実験体は多くはない。少なくとも、こんな、とんでもない桁数になる程実験体は…… 生き残っている実験体は存在しないのだ。
そしてその元々は、何故廃番になったのか……
レプリカントだ。
彼は大きく目を見開く。その単語は、降ってきたかのように、彼の頭の中に大きく強く、そして突然にひらめいた。
だとしたら、つじつまが合う。瞬発的に出せる力が大きいのも、あの記憶も。
レプリカントが反乱を起こし、全滅したと言われているのは、惑星マレエフ。冬の惑星だ。
「教育」の際に見たことがある場所だった。レプリカントの反乱についても、資料を見せられたことがある。あの伝わってきた景色に見た既視感は、それだった。
冬は嫌いだ、とキムは最初に会った時言っていた。笑いながら、寒いから嫌いだ、と言っていた。
その光景が、この間伝わってきたものだとすれば。
こいつは。
コルネル中佐は唇を噛む。
こいつはレプリカントの生き残りなんだ。
そしておそらく盟主は――― Mは何を誰と約束したのか判らないが、とにかく誰かとの約束で、その冬の惑星で意識を無くした後の彼を探しだし、自分の手元に置き、「連絡員」として使っている。
彼が望む望まぬに関わらず、決して「銃」にはしない。それに近い役割にすることはあっても、自分のように、情をはさまず相手を殺すような役割には置いていないのだ。適性もあるだろう。
だが何やら、Mの態度と、キムのMに対する感情から推測するには、適性を越えて、盟主の情のようなものが見えるような気がした。邪推かもしれないが。
彼はやや自嘲の笑いを浮かべた。だがすぐに真顔に戻る。
どうしたものだろう。
ケガで動けない訳ではないのは、一目瞭然である。流れているのは外見をごまかす程度の人工血液だし、それは既に止まっている。問題は、そこにある訳ではないのだ。
彼は一度空をふり仰ぐと、金色の目をやや細めた。そしてそのまま、力の失せたキムの身体を持ち上げると、壁際まで引きずっていった。
エネルギーの急速な消耗状態に陥っている。
中佐は壁にもたれ、自分の膝の上にキムの上半身を抱きかかえるような格好を取りながら、記憶を知識を大急ぎで引っぱり出していた。
盟主が自分に無駄とも思われるような知識まで叩き込んだ理由が判ったような気がした。Mはこういう事態をも予測していたのだ、と彼は思う。
彼はキムのポケットをまさぐってみる。ごちゃごちゃと小型のあれこれが出てくる中に、やはりあった。何か見覚えのある端子のついたケーブル。エネルギー補給用、と言ったのは、あながち間違いではないのだ。
自分の上に乗せた相手の服を開き、素肌を露出させると、自分の右手の爪を軽く伸ばした。
間違って記憶していないのなら、レプリカントの「電池」はここにある。小型のバッテリーだ。
より人間型に近いタイプとしてあったレプリカントは、彼のような戦闘用に作られている訳ではない。従って、容量も大して大きい訳ではない。少なくとも、中佐並みにフルパワーで長時間動けるレプリカントは、当時もいなかっただろう。
おそらく戦車を止めたあの時、瞬間的に力を使ったに違いない。いつも自分と寝た時に、素っ気ないまでに睡眠に入ってしまうのは、「本当に」蓄電が必要なのだ。
爪で皮膚を薄く切り裂くと、彼は眉をひそめた。細かいケーブルがこれでもかとばかりに押し込まれている。無論生体機械な部分も沢山あるが、そういった旧式な部分もまだ残っているのだ。
全くこの旧式は!
内心怒号を飛ばしながらも、接続用ケーブルの片方をくわえ、彼は目の焦点を合わせると、その身体の中のケーブルを丁寧により分けていった。
何処だ。
探しながら、何やら自分がひどく焦っていることに彼は気付いていた。大きく息をつく。
何故そんなことを自分を考えているのか、不思議だった。奇妙だった。もうずっと、そんな感覚は忘れていたのだ。
死なせたくない、と彼は思っていた。
不思議だった。生き返ってからこのかた、出会った人間誰にもそんなことを感じたことはなかった。
なのに、このレプリカントに対しては、自分が確かにそう思っていることが、判るのだ。
焦るな。
彼は自分に命令する。より分けたケーブルの向こう側に、端子の差込口が見つかる。彼は片手でケーブルを押さえながら、もう片方の手で、端子をそこに差し込んだ。
次に自分の軍服のボタンを一つ二つと外し始めた。
不可能ではないはずだ。理屈は同じな筈だ。
エネルギーの急激な消耗が起こると、身体は、全体の機能を死なさないために、生命活動の最低限を守る以外の全ての機能をシャットアウトする。それをまた正常な状態に戻すためには、外部からエネルギーを補給しなくてはならない。
メカニクルもレプリカントも、同じタイプのエネルギーである。だったら。
彼は自分の皮膚にも同様に爪を立てると、皮膚を一枚めくった。相手のものとは異なるが、やはり端子の差込口がそこにはあった。彼はケーブルの先をそこに差し込んだ。
一瞬ぐらり、と眩暈がする。こういう方法でエネルギーを放出する方法は取ったことがない。彼は白い壁に身体を預ける。そして一本のケーブルでつながった相手の身体を、少しばかり自分の胸の方へともたれさせた。
どの程度のエネルギーが必要なのか、本当にそれが有効なのか、彼には判らなかった。
見上げると、白い曇り空の向こうに、ほんの少し薄日が射している。ひどく穏やかな空気が、そこには漂っていた。
静かだった。自分と相手の居る気配以外、そこには無かった。放っておくと、そのまま時間が無くなってしまいそうな感覚だった。とろとろと感じる微かな眩暈のせいかもしれない、と彼は思う。今この状態で、何かが自分を攻撃したら、自分には何もできないだろう。
だかそれならそれでもいい、と彼は思った。「コルネル中佐」にはあるまじき感覚が、今この瞬間には、確かにあった。
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