26.これは尋問だ。
自分達が広げた「ごっこ」どころではない。これは尋問だ。誰が何のためにそうしているのかは判らない。だが、自分が、自分の持つ何かを引き出されようとされているのは判る。
そして逃れられないことを。
彼女の視界の端に、中佐の姿が映る。それもまた、そう感じてしまうと、今まで自分が見てきたものは何だったのか、と思わずにはいられない。
その金色の瞳は、彼女を一つの物のように見据える。ひどくこんな状況を知っている、慣れている。
誰なの? あなた達は、何なの?
だが、唇が震えて、声にならない。
「あのラーベル・ソングスペイは、どうしてここに来たのだと思う?」
あ、と彼女は脚から力が抜けるのが判った。だが重力に従おうとする身体は、強い力によって止められる。
「言って」
にこやかな顔。禍々しい。彼女は頭を大きく振る。
「……あ」
「聞こえない」
中佐もまた、煙草を投げ捨て、ゆっくりと彼女のそばへと近づく。彼女の全身に鳥肌が立つ。言わなくては、自分がどうなるか判らない。そんな恐怖が彼女の全身を襲う。
「……復讐…… 復讐だと思うわ」
ヴェラはようやく言葉を絞り出した。
「何で?」
「彼のお父様は、この州の中でも、改革派についていた…… らしいわ。小さかったから、本当のことは、判らないわ。後で聞いた話よ……」
「続けて」
キムは掴んだ彼女の腕に込める力をほんの少しだけ強めた。
「でもある日、特高が彼のお家にやってきたわ。そしてお父様が捕まり、事情聴取で、お母様も連れて行かれた…… 残されたのは、彼だけだった」
「きょうだいはいなかったの?」
「居たわ。だけどその時、別の州に居たのよ。慌てて帰ってきて、彼を連れて、何処かへ逃げた、って言われているわ。……そりゃあたしは直接見た訳じゃないわ。うちの親から聞いたのよ……あたし達も、その直後、バウナンへ引っ越したんだから……」
「じゃあ、彼は何に復讐しに来たの?」
「あたし達だわ」
中佐は眉を片方だけ上げる。
「何で?」
「彼のお父様の逮捕の口実を作ったのは、あたし達だからよ」
「どうして?」
ヴェラは自分の声がまるで悲鳴だ、と感じていた。
無論話している声の調子には違いない。だが、その話している時の頭の中は、それどころではなかった。
どうにもならない、やり場の無い感情を吐き出す時、その声は悲鳴になる。
頭の中は、そんな時のように、水を入れたバケツが振り回され、今にも重力を振り切って、何処かへ行ってしまうのを必死でくい止めている…… そんな気分だった。
「どうして?」
キムは重ねて問う。いっそ気を失ってしまいたい、と彼女は思った。頭の中には妹を守りたいといういつもの気持ちどころではない。
「……電話よ」
「電話?」
中佐は、この都市の電話が全て盗聴されていたことを思い出していた。だがそれはこの都市の市民には分かり切っていることだと。
「……あたし達は、彼の家でその日も遊んでいたわ。彼の家には、何台ものルームフォンがあったから、それを使って遊んでいたのよ」
「それはとても金持ちだということだね」
「そうよ彼の家は裕福だったわ。そしてその裕福な資金を、彼らは、別行動に回していたのよ……」
「別行動?」
「他州との連携。この州をも、他州同様、帝国から独立させ、ひいては、この惑星自体が帝国から独立して、自給自足のみでやっていくことを」
「だけどそれは今でもできているんじゃない? あなた達の共同組合は、何処を見渡しても、この惑星内のものだけで充分物は溢れていた。何で今、それ以上する必要があるの?」
「知らないわ!」
ヴェラは鋭く声を立てた。お、と中佐は目をやや大きく広げる。この声は。
今まで、何度か練習でも聞いてきたが、それ以上に今の声は。
「そんなこと、あたしは知らないわ! 知っているのは、あたし達が、その時使って、上げてしまった受話器から、彼のお父様達の話す内容が当局に漏れてしまった、ということよ!」
吐き出すように、ヴェラは言った。
言ってしまった後で、はあはあ、と肩で息をつく。
気持ちが表情に現れる。それは、奇妙に何かが取り払われたような、心地よさも孕んでいた。
「……そうよ。あたし達の遊んだ電話は、ルームフォンだけじゃなかったわ。でも普段の生活で、そんなもの使わないから、それが本当はどっち、なんて知る訳がないじゃないの…… あたしもジーナも、ラーベルと遊んでいて、そのまま、応接間のそれを、放っておいたまま、外へ遊びに出てしまったのよ…… 戻ってきた時には、彼の家は、公安に囲まれていた。彼はその中に紛れて、それ以来、あたし達は、彼を見ていないのよ。消息だって、後で知ったのよ。そしてあの一斉検挙が始まったわ。あの時、彼のお父様と会話していた当時のそういう活動をしていた人が、一斉に捕まったのよ…… 上げていた受話器のせいで……」
「だから、あなたは、それが自分達のせいだと思っている?」
ヴェラはがくん、と首を前に倒した。
「……あたし達のせいで、彼はお家を失い、たくさんの人が捕まったのよ…… 悪いことはしていないのに……」
ふん、とその時初めて中佐は口をはさんだ。
「なるほど女優さん。よく隠しておいたものだな。あんた確かに素質あるよ」
ふらり、と彼女はその声に顔を上げる。
「そしてあんたはずっとその事実を妹に隠していたんだ?」
「隠していた、訳じゃないわ。言わなかっただけよ…… だけど、そうじゃない。それだけじゃなかったのよ」
「何」
キムは問いかける。
「ジーナは、忘れているのよ!そのことだけじゃない。ラーベルのことも、リャズコウさんのことも、全部……」
ほんの少し、キムの手の力が緩む。力の抜けた彼女の身体は、ずるずると自動販売機を伝って、舗装された道の上へと沈んでいった。
キムはちら、と中佐の方を見る。中佐はうなづく。そしてその赤い髪もまた、その位置を下に移した。
「それで、あんたは妹に警告していたんだな」
彼女は無言でうなづいた。
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