25.「でも、答えたほうが、楽になるよ」
やがて彼らは、「大通り」に出ると、一つの街灯の下にと溜まった。そこはカップ式のコーヒーの自動販売機があった。銅色のコインを一つ入れ、ヴェラはミルクと砂糖の追加ボタンを押す。数秒後、湯気の立つコーヒーが現れた。
そしてそのまま彼女は販売機に背をつけ、もたれかかった。
「あなた達は?」
いいや、と二人は首を横に振った。
「それでヴェラちゃん、こいつに話って何なの?」
「キム君、……だけじゃなくて、コルネル君あなたにも…… ええそうよ。あなた達、そういう関係なの?」
信じられない、という声音がその中には含まれる。
そういうもんかもな、と中佐はヴェラの態度を見て思う。
この惑星では、最初の移民の持っていた宗教の関係なのか、それとも単純にそういう風習が少なかったのかどうかは判らないが、同性どうしでの関係というものが、他の惑星よりも異端視されている。法に引っかかる訳ではないが、白眼視される類のものであるのは事実だった。
尤も、白眼視されて大っぴらには無いとはいえ、全く無い訳ではないし、他惑星の情報も多少は入る関係上、この程度の拒否反応で済むのだが。
「さて」
キムは口を開く。
「もしもそうだったら、あなたは俺に何か言いたいの?」
「ジーナは……」
「いい子だね。あなたと違って大人しくて、生真面目で」
キムは上着のポケットに両手を突っ込む。ああ珍しく嫌味だな、と中佐もまたポケットに手を突っ込んだ。だが彼は突っ込んだだけでなく、煙草を取り出したのだが。
「ねえキム君、妹はあなたのこと、好きみたいよ」
「うん、嬉しいね」
これはきついな、と火をつけながら中佐は思う。途端にヴェラの表情が動く。
「嬉しい? ……あなたねえ、何か別の目的があるんだったら、ジーナを巻き込むのはやめてよ!」
中佐は一瞬目を瞬くと、煙草を噛みしめた。
「別の目的?」
キムは首をかしげる。
「何か、そんなふうに見えるの? おねーさん」
「……見えるわよ。何がどう、って言うんじゃないけど、何か、そんな気がするのよ」
ヴェラは目を細め、紙コップの端を前歯で噛む。だがそれは一瞬だった。一口、熱いコーヒーをすすると、彼女は強い調子で言った。
「別にあたしは、あなた達が何を考えていてもいいけど、……少なくとも、妹は巻き込まないでよ!」
「妹は…… って、じゃあおねーさん。ヴェラさんあなたはいいって言うの?」
「揚げ足を取らないでよ!」
「揚げ足じゃあないよ。ねえ隠していると言えば、あなただってそうだ。ヴェラさんあなたは、何をジーナに隠しているの?」
キムはそう言いながら、自動販売機に手をついた。
「隠して? 隠してなんかいないわよ」
「だけど、俺があの時あなた達の会話を聞いてた限りでは、あなたは彼女に何か隠してると思ったんだけどな」
彼女は顔を上げる。中佐は黙ってその様子を見ていた。彼は自分がヴェラの妹に関しては知らないことをよく判っている。この会話に下手に関わらないほうがいい、と彼は思っていた。
「立ち聞きしていたの?」
「いや、偶然。俺はあなたの妹に用があった。それは図書館のカードからだったけどね。ただそこにあなたがたまたま居たから、俺は順番待ちをしていたの。その時たまたま、あなたが妹とそういう会話をしていた。それだけ」
「……でも立ち聞きは、趣味が良くないわ」
「でも耳をわざわざ塞いでいることもできないよね?」
確かに、と中佐は聞きながら思う。何故かこの連絡員は、時々異様に耳がいい。自分はともかく、どうして彼がそうなのか、中佐は不思議だった。
「何か、あの、このひとが引っかけた、って奴と、あなた達は関係があるの?」
「もしも、それが、本当に彼、だったら、……幼なじみよ」
「幼なじみ」
「昔、この都市で、お隣に住んでいたわ。本当よ」
「嘘なんて誰も言ってないよ」
ヴェラは次第にコーヒーを持つ手が汗ばんでくるのを感じる。何だろう。別段その気はないのに、この目の前の男のペースに乗せられつつある。
「だけどジーナはそれを覚えていない。何で?」
「答えなくちゃならない理由はないわ」
「そうあなたには答えなくてはならない理由はない。でも」
キムはにっこりと笑う。それは常夜灯の光の中で、妙に彼女の目には禍々しく映った。背筋がぞくり、とする。何なのこの人達は。
この人達は、違う。
手から、紙コップが落ちる。にこやかに、キムは再び彼女に告げる。
「でも、答えたほうが、楽になるよ」
全身の血が、一気に地面に落ちて広がる。そんな感触が、背中に走った。
これは尋問だ。
彼女はその時やっと理解した。
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