22.「何か貴官は、個人的にあの組織に恨みでもあるのか?」
「それで、どうなりそうだ?」
中佐は煙草をふかしながら、ソングスペイ少尉に訊ねた。
「シミョーンは失脚させることができそうか?」
「不可能ではないでしょう」
あっさりと、少尉は言った。
「彼の部下が、司政官とのパイプ役になっているようです」
「ふん、やっぱりくっついていやがったか」
「今までの要求交渉は、あらかじめ向こう側との根回しがあったことが考えられます。それに、彼自身、どうやら外部の組織とのつながりがあるようです」
「外部の組織? それが何処かは判ったのか?」
「何処とは確定できませんが、かなり大きな後ろ盾ではないかと思われます」
「根拠は。言ってみろ」
「一つは、彼が病院及び学内に作った自分のシンパの連絡網 の形が、ある特定組織のものと酷似していること。もう一つは、時々彼の元に、送り先不明の資金が入り込んでいること」
「何処だと思われる?でかい組織だな? 『黒い水月』『P.A』『SERAPH』……」
「『MM』ではないかと、自分は思いますが」
「あの馬鹿でかい奴か」
表情一つ変えずに、彼は即刻答える。少尉はええ、とうなづく。
危険なことを口にするな、と中佐は思う。何せこの少尉もまた、末端の一人なのだ。そしておそらくは、その末端の位置を利用して、逆にここに起こりうる反乱を阻止しようとしている。
「なるほど。貴官はその組織について詳しいらしいな」
「軍警にとって、かの組織について知ることは重要です。自分は自分なりに、あの組織の行動パターンを過去の事件より学びました」
ほお、と中佐は煙を大きく吐き出す。そして彼は、何気なく訊ねる。
「何か貴官は、個人的にあの組織に恨みでもあるのか?」
「そう見えますか?」
「何となくな」
ソングスペイ少尉は、一度うつむくと、やがて大きく空をふりあおぐ。
いや空ではなく、彼が仰ぎ見たのは、煙草のきついにおいと張り合うように、その香りを辺り一面に漂わせるキンモクセイだった。
「自分は、あの組織のために、この惑星を追われました」
「貴官は、この惑星の出身だったのか? 書類にはそういう記述はなかったが」
「自分は本籍自体を、この惑星を出た時に取り替えました。それは可能であったし、一応合法的なものです。何も問われれば隠す程のものではありません」
ふうん、と中佐は片方の眉を上げる。
「なるほど。それじゃ何だ。この屋敷が、かつては貴官の家だったとでも言うのか?」
「はい」
彼はうなづいた。
「ずいぶんとでかいな」
「一応、この都市内でも有数の資産家ということだったようです。自分はほんの子供だったので判りませんが、兄や姉の話ではそうだったようです」
「親はどうした」
「……兄と姉が協力して自分を連れて脱出したきり、しばらくその消息は知れませんでしたが……」
少尉は言い籠もる。何となく中佐は話の方向が見えてきたような気がしていた。
「見つかったのか?」
「数年前に、死亡が確認されました」
「殺されていたのか?」
ええ、と少尉はうなづいた。中佐は吸い尽くした煙草を地面に落とすと、ぎゅ、と踏みつぶす。そして次の一本に火をつけた。
「父は当局に捕まってすぐに。脱出を企てて、当局の兵士に射殺されたとのことです。母はしばらくの拘置の後、自殺したらしいです。……自殺とは限りませんが」
「何でそんなことされたんだ」
「……判りません。ですが、当時父は、この州全体でも経済の中心に居た一人ですから、彼が居なくなることで利益を得た者は居たのでしょう」
ふうん、と中佐はうなづく。その表情には特に変化はなかった。
何となくそれを見てソングスペイ少尉は苦笑した。やっぱりこの人には、個人的感傷など関係ないのだ。
「それでソングスペイ、それと貴官のあの組織への個人的恨みとどう関係がある?」
「あの頃からです。この州が急に統制を厳しくしたのは。周囲の州が、帝国からの独立をうたい、次々に体制を変化させていきました。その独立は、『MM』の後ろ盾があってのことだと聞いています」
「ほお」
「そして当時、兄や姉の話によると…… 彼らは自分と歳が離れていましたから…… 父は、この家は、その外の州と連絡を取り合って、その組織に援助をしていたということです」
「ちょっと待てソングスペイ。それでは貴官の父は、組織の一員ということだったのか?」
「いいえ」
少尉は首を横に振る。
「あくまで資金援助だけだったようです。そしてその資金は、外側の州がこちらへと正しい情報を届けるための、報道機関等に流されていたようです」
「放送か」
なるほど、それはあり得る、とやや目をまぶしそうに細めながら中佐は思う。
資産家の、目的は何であれ、外部への資金流出。それがこの州政府当局に明るみにされて、これ幸いと財産の没収も兼ねて、摘発、もしくは抹殺。よくあることだ。
だがそれはそれとして、この場合の流れはおかしい、と彼は思う。
彼の知る限り、「MM」は、そのような資金調達の方法を取らない。
盟主自体も、表向き、はかり知れない程の帝国内の権限と資産を持つことは彼も知っている。
だが無論、この巨大で、かつ巨大な範囲が掴めないこの組織の運営に関しては、盟主一人の資産で動いている訳ではない。
あちこちから資金調達は必要であるし、実際それは行われてもいる。だが、その場合、そんな単純に「調達」という言葉で見分けられる様な方法ではない筈だった。
組織が動くことによって生じる経済効果というものがある。そしてそれを見越した産業そのものが、資金調達源である場合もあるのだ。
例えば、観光惑星一つが組織の動きにより、危険を怖れる客の出足が良くなったり悪くなったりする。それを見越した投資そのものが資金源となる。
その場合、活動理由の「にわとりと卵」にやや混乱を招くこともあるが、その不自然を不自然と感じさせないのが、海賊放送などの電波を使った組織員への表向きの広報や、本当の帝国の公式広報機関を利用した事実の婉曲表現や不自然でない程度の歪曲だった。
無論そこまで一般の構成員はあずかり知らぬことだがな、と中佐は思う。
彼も無論知らなかったのだ。「盟主の銃」という幹部格になるまでは。
彼の属する組織は、どうやら、帝国政府自体と、大きく癒着しているらしい。
だがそれは今考える問題ではない。中佐は自分の疑問のみをそこからクローズアップする。
「……父が捕まっても、母が監禁されても、支援していた組織からの救いの手はなかったそうです」
なるほど、と中佐は思う。
組織が当局が、それそれぞれに恨みが、というのではなく、この都市全体が、少尉の郷愁と復讐の対象になっているらしい。
「それで貴官は、どうしたいというんだ?」
「どういう意味ですか?」
「我々が、何であるのか貴官はちゃんと判っているのか?」
「無論判っております。ですから、この地における組織の手を排除し……」
「わかった」
中佐は片手を上げた。
「感情に走るなよ、ソングスペイ少尉」
「判っています。コルネル中佐」
果たしてどうかね、と中佐は思う。
彼には、キンモクセイの香りは、ただうっとおしい、甘ったるい臭いに過ぎない。
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