20.俺は、銃にはなれない。何故なら、彼はタフすぎる。
しち面倒な会話だよなあ、と路肩にべったりとあぐらをかいて座り、ギターを弾く若者の様子を見ているふりをしているキムは思った。
トレードマークの長い髪は今日は三つ編みの上、ぐるぐるに頭に巻かれ、さらにその上にストローハットをかぶせてある。
そして中佐の持つ悪趣味なフレームの大きなサングラスを一つ借りて、適当なサイケデリックな模様のTシャツと、ぼろぼろのジーンズを五分丈にして切って履いていれば、文学部に顔を出している学生の顔をしている時とは大分印象が変わる。
百貨店の前で、やや遠くの「絢爛の壁」を監視している二人も、会話が聞こえる程近くで聞いているこの知り合いの知り合いの存在にまでは気がつかなかった。
コルネル中佐に聞かせてやりたいもんだ、と彼は会話を聞きながら思う。中佐なら、ここで交わされている会話を、学生の戯言と一蹴するだろう。その小気味いい程の態度が結構彼は好きだった。
実際、この環境で革命だの反乱だのと考えるあたりが彼にも判らないのだ。彼にしてみれは、反乱というのは、もっとやむに止まれぬ理由が必要なものだった。そうしなくては、自分が殺される、生きていけない。そういった、切羽詰まったものが必要なのだ、と彼は思う。
中佐の台詞も予想できる。だから学生は嫌いなんだよ。裏を探せば情報が手に入る程度の統制で、泣き言をぬかす奴らなんざな。
泣き言、と言うだろう。きっと。
実際、ここの住人達にはそのような切羽詰まったところは見られない。確かに情報の統制はある。だが、「言われなくては気付かない」程度の統制に、反乱は必要なのだろうか、と思わなくもない。
だがキムは別段ここで革命だの反乱の行動が起ころうが起こらなかろうが、それが良いことか悪いことか、という類の興味はなかった。
それが命令だからそうすべく行動はするが、そこに自分の意志はないし、意志を持つ気もなかった。
彼は連絡員であり、計画を練る側ではない、ということを自分で知っていた。そして計画を練る気もなかった。
おそらくそれは、あの盟主の銃である中佐も同じだろう、と彼は何となし感じ取っていた。
できることなら。
キムはややまぶしそうに、ちら、と「絢爛の壁」の方を見る。
できることなら、自分は盟主の銃でありたかったのだ。そして何処かで、銃は銃らしく……
だが盟主はその願いには無言で首を振った。あの氷のように美しい顔に、ほんの微かな笑みを浮かべ。
そして付け加えた。
銃には、それに適した者が必要なのだ。お前では、保たない。
その時、何やら胸に苦いものが走った。何だろう、と思いながらも、その時は盟主の前で、判りました、と素直に返事をした。
だが心の隅で期待はしていた。キムお前を私の銃にするよ、と盟主が唇からその言葉を発するのを。そしてそれは、現実に「銃」たる中佐に会った時に、うち砕かれた。
俺は、銃にはなれない。何故なら、彼はタフすぎる。
*
盟主はその時彼に言った。
「今度お前に私の新しい銃を会わせよう」
彼は大人しくうなづいた。だが内心は決して平静ではなかった。会いたくない、と彼は思った。自分がなれない、その役割の相手に、会いたいなんてどうして思えるだろう?
表面上は平静を装う。それは彼には可能だった。そのつもりだった。
だが盟主はその時言った。その美しい顔に、判別できるかできないかくらいの笑みを浮かべ。
「会いたくはないのだろう?」
彼はそう言われたことに戸惑った。これが誰であっても、彼はその顔を崩す気はなかったが、この盟主だけは別だった。
判っているのだ。これは他愛ない独占欲だ、と。自分にそんな感情があったことに彼は驚いたが、確かにそれはそういうものらしい。
盟主の直接の周囲に居るのは、今のところ、古参の幹部である「伯爵」と、新参の「連絡員」の自分だけだった。それ以外の者は全てただの「構成員」に過ぎない。
盟主が何故自分をその特別な位置につけたのかは判らない。だがどんな気紛れであれ、自分を現在そこに置いてくれているのは事実なのである。
気持ちは、そのまま、相手に対する執着に変わる。
自分の位置に対する執着に変わる。
彼はそのために、仕事をこなす。それは決して悪い働きではない。
「M」
そしてその時彼は、滅多に呼ばない盟主の名を口にした。
「俺はどうして、Mの銃にはなれないの? 戦闘能力は充分ではない?」
「充分だ。戦闘能力だけならな」
そして近づくと、盟主は彼の頬に手を当て、なだめるようにそれをゆっくりと動かした。
「だがお前では駄目なのだ。お前には持久力が無い。その時がまた来たらお前はどうする? お前はそこで私が来るのをまた待つのか?」
彼は息を呑んだ。後頭部に激しく何かを打ち込まれたような感覚が走った。
他の誰でもなく、この盟主が言うことなら、彼は、うなづかない訳にはいかない。
「お前は私に会った時言った。それが望みだと言った。今度そうなったら自分のことは放っておけと。いや放っておくのではなく破壊しろ、と。だが私にはそうすることはできない。それが約束なのだ」
「約束?」
「お前を見つけだし、お前を解放し、お前をこの世界で生かし続けておくことを、私は約束した」
「……誰と」
「それはお前には言わない。お前はいつかそれを自分で知ることになるだろう」
だが彼には予想がつかなかった。
一体誰が、自分のためにこの盟主に頼み、そして盟主がそれを承知するというのだろう。
そんな者はいない。
強く思う。
そんな奴が、居る訳がない。この世界の何処に、自分のことをそんな風に思ってくれる者が居るというのだろう?
そんな奴はいない。いる筈がない!
「……嘘だ……」
「嘘は言わない」
「俺に、どうしてそんな奴が居るというの? 俺は……」
「今すぐ信じろとは言わない。だが私はお前には嘘は言わない。少なくともこのことについて、私はお前に嘘は言わない」
だけど彼の中では、それが嘘だ、と叫んでいる。
冷たく凍り付き、固くこわばったまま、長くさらされた日々は、彼の中身までも凍らせてしまっていた。
大丈夫だ、動いてもいい、私の側に居ろ、と言ってくれた、この盟主だけが、今の彼の全てだった。だから盟主のためなら何でもしようと思ってきた。
だがその盟主の言うことでも、それは信じがたいことだった。
撫でていた頬に軽く唇を寄せると、盟主は離れた。そして彼に「私の銃」の説明を始めた。その時にはキムもまた、表情を切り替えていた。そこから先は仕事だった。「連絡員」は「銃」に会い、次の作戦を成功させなくてはならない。
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