15.「誰の命令で動いているわけ?」
常夜灯の光の下、学生達の身体がぐったりと転がっている。
ここにおびき出したのは、もう一つ理由があった。案外ここは、この時間に上の道を通る者には気付かれにくいのだ。
死角という程ではないが、その距離が意外にあるので、何をやっているのか、判りにくいのである。
ぱんぱん、と服のほこりを払いながら、キムはふう、と息をついた。
「終わったよ」
「ふふん。案外時間がかかったじゃねえの」
「手加減してたんだよ、一応」
まあ仕方ないな、と5センチ程伸ばした親指の爪をしまいながら中佐は苦笑いする。学生相手に自分が本気を出したら、事態がはっきりしない中ではまずいことにもなりかねない。
「さて」
キムは乱れた髪をざっと払うと、地面と仲良くなっている代表の襟を左手でぐっと掴んで上半身をずり上げた。
そして空いた方の手で、ぱんぱん、と大きくその頬をはたく。代表は顔を歪めながら、目を開いた。その目には、この一見穏やかな表情をしている目の前の相手に対する脅えが浮かんでいる。
「誰の命令で動いているわけ?」
先ほどと同じ、のんびりした口調。
「し、知らない……」
「知らない訳ないだろ? ねえ」
キムはそう言って、ポケットから小さなものを取り出して、それを相手の手の甲に当てた。途端に相手はぎゃあ、と鋭い声を上げた。
「言え。お前はどの『上』の命令を受けた?」
なるほど、と中佐はその様子を見ながら思う。別の権限という奴か。
組織の人間は、入団する時に、その手に組織員同士の識別のための精密機械を埋め込まれている。組織内での地位によってその接触した際の認識信号は変わってくるらしいが、どうやらそれを利用したものらしい。それを知っているということ、そしてそれに対して痛撃を加えられるということは。
「俺が誰だか判るか?」
「……も、申し訳ございません」
キムは代表の男を地面に落とした。男はまだぶるぶると震えながらうつむいている。顔を上げることもできないらしい。
そしてのんびりとした声が、重ねて問う。
「言え。誰がお前等にそんなことを命じた? 直接の『上』は誰だ?」
「……自分は、名前は知りません……」
だろうな、と中佐は妙にくつろいだ気分でこの様子を眺めている。
「それは当然だよな?誰がわざわざ本当の名など言う? 俺が聞いているのは、認識信号だよ。何回それはお前の手のひらで鳴った?」
「さ、三回です。ですから……」
「なるほどな。それではお前らは逆らえないだろうな」
自分の持つそれとは、別の体系がそこにあることは中佐も知っている。おそらくこの目の前で平身低頭している相手は、二回か一回、本当に末端の部類に入るのだろう。
信号は、この、何処の誰がいつどうして「同志」であるのか判らない状況の中で、唯一、そして絶対な組織内での階級を示すものだった。
組織員はそれには決して逆らえない。
キムはもういい、と吐き捨てる様に言うと、立ち上がる様に命じた。
「行け。適当に散らばり、学生をやっていればいい。やがてその時が起きた時に、お前等はお前等にふさわしい程度に、騒乱を起こすのだ。それがお前等の持つ役割だ。これは俺の下す命令だ」
つまりはその「上」が何を言っても聞く必要はない、ということか、と中佐は解釈する。
「下手な動きをしたら今度はどうなるは判っているな?」
「は、はい……」
アドレナリンの上昇。恐怖が全身の汗を吹き出させる臭い。
ふん、と中佐はグラウンドから背を向けた。キムもまた、その後を追いかけるように走ってくる。
掴まえた、と言うかのように、キムは中佐の肩を掴まえる。その手を外しながら、中佐はにやりと笑った。
「この悪人め」
「あんた程じゃないよ」
道の上に戻った頃には、吹く風のせいか、落ち葉の位置が先ほどとずいぶんと変わっていた。P棟付近のキンモクセイの香りが、ぼんやりと漂ってくる。
「それにしても、ソングスペイは焦っているな」
「奴だろうね」
二人の間で、既に小物を送った相手は名指しとなっていた。
「認識信号は、感知したのか?」
「まあね。だけど軍の中にも、末端はちまちまと居るから、信号イクォール即今回のターゲットと思うことはできないよね」
「そもそも何で奴は、そんなややこしいことをしようとしている?」
知りたい? とキムは首を傾げる。
「情報は多い方がいいだろう?」
そうだね、と今度はうなづいた。
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