⑤ 夜の言葉 その3
「……あ…… まだ起きてたんですか」
それでも音声にする時には敬語が入っているあたりは、あなどれない。くくく、と中佐は含み笑いをする。
「ずいぶんとつれない態度だったじゃないか」
「あなたがタフなんですよ」
キム・ルマ少尉こと、連絡員のキムは言った。
「それにしてもよくまあ眠れるもんだ」
「自分はそうタフではないから、エネルギーの蓄積が必要なんですよ」
奇妙な言い方をする、とその時中佐は思った。
「ところでお前、次の作戦のことは聞いているか?」
これは表向きの話のことだった。中佐自身、司令部の方から、休みというのに急に呼ばれたのは、その表向きの任務のためだった。そしてこの連絡員は、そのための人員として、呼ばれたことになっている。
一応、とキムはうなづいた。
「場所は惑星ノーヴィエ・ミェスタ。確かその最初の移民の中心的な言葉で、『未知の場所』とかいう意味だったらしいですね。当初はノヴィナー、とかいう名の候補もあったらしいけど…… まあそれはいいですね。辺境すぎる地域のために、我らが帝国軍の目がそうそう回らなくて、とうとうその居住区域の6/7までが、反帝国・独立の意を示しているとか」
「そうだな」
中佐は煙草を灰皿にすりつけながら、起き抜けからよく喋る奴だ、と思う。
「その7つを言えるか?」
「第二大陸レカの中にある州のことでしょう?一番大きいのが北東のメラ州。あとの六つはアガ・イダ・レダ・エマ・キアと言った名の州で」
「残りの一つ。エラ州」
「そう、そこのエラ州に、近々大規模な反帝国運動が起こるんじゃないかと見られているから、こちらもそれに対しては、何らかの処置を取らなくてはならない――― と言われましたがね」
『言われたけど?』
中佐は言葉のモードを切り替えた。途端に相手の口からも、音が消える。
『あそこに関しては、我らが盟主Mは、そのまま行動を続けさせて、一種の独立区を作ればいい、と考えているらしい訳よ』
『ふん。確かにあれなら、そう間違いはないだろうな。距離的に、帝都からの離れ具合も、あれだけ離れれば上等だ。いっそのこと、妨害電波でも出して、奴ら、空間的に切り離してしまえば簡単なのにな』
『まあそれも考えつつね』
中佐はうなづいた。
惑星ノーヴィエ・ミェスタの独立運動は、発見の遅れた部類だった。
「何しろあそこは、辺境と言っても、方角がまずいですからね」
キムはよいしょ、と身体を起こしながらつぶやいた。そして長い髪を一つにまとめると、意外に起用にそれを三つ編みにし始める。こまめにまあ、と思いながらも、中佐は話の流れを追う。
「方角?」
「俺昔、地理とか好きだったんですけどね、我らが帝国の版図における辺境って言いましても、いろいろあるでしょう?」
「あるな」
中心があれば、辺境もある。それは当然の理である。
「それでも、辺境は辺境でも、結構警戒する地域というものがあるではないですか。ほら、帝都を中心に、ミフゾスタン星系方面に向かう方の辺境。向こうには結構我らが軍も出兵しますよね」
「ああ、俺も前に行かされた」
「それとか、アザマル星系方面。まああそこはそれでも帝都本星に近い辺境、と言ってしまえばおしまいですが…… とかともかく、色んな辺境に、それなりに我らが軍は出向いている訳ではないですか」
「そうだな」
ちょっとばかり「我らが軍」を強調しすぎだ、と彼は思うが、やはり黙っていた。
それに気付いたのか気付かないのか、平然と喋りながら、放り出した服のポケットからゴムを取り出すと、キムは三つ編みの端に器用に結んだ。
「ところがそのノーヴィエ・ミェスタのある星系に関しては、まず手を出してこなかった訳ですよ」
「ふむ」
「理由は明確にはなってはいませんが」
キムはそう言って、モードを換えた。
『予想される理由は、判るけどね』
『何だ?』
『捨てた母親の所には帰りたくないんじゃないの?』
なるほど、と中佐は肩をすくめた。確かにそうかもしれない。
ノーヴィエ・ミェスタは、人類が捨ててきた惑星「地球」に最も近い所にある居住惑星なのだ。
無意識にせよ故意にせよ、帝国政府がその存在から目を逸らしてきた可能性はある。
そして幸い、今までその星域は、帝国政府からの格別な援助も要らない程度には豊かではあった。
かと言って中央政界や財界に進出してこようという程の余計な気概も感じられないようであったので、それはそれで良いとばかりに、放っておいた、という可能性が大きい。
都合よく考えたかった、という?
「何で昔、地球は捨てられたか知ってますか?」
不意に膝を抱え込んでキムは音声で訊ねた。いいや、と中佐は首を横に振る。どうやらすぐに引っぱり出せる程度に記憶していなかったと見える。実際今考えてみても、大して興味のある事柄ではない。
「何故だ?」
だが相手が何やら言いたそうなので、彼はうながしてみた。
「埋もれているんですよ」
妙に楽しそうに、連絡員はつぶやいた。
「何に」
「花に」
花?
「何だそりゃ」
そんな話、聞いたことがない。彼は思わず眉を寄せた。
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