第4話 父上が無茶ぶりで黒すぎる


 『プラダはもしかすると私たちと同じ、異世界転移者かもしれない』。


 そう、クロエは指摘した。だからといって問い詰めるのもこちらの身バレの可能性があり危ない。俺達はひとまずそのことは頭の片隅にしまっておき、魔法学院での生活をスタートさせることとなる。

 幸い、入学までの一か月で貴族としてのマナーや屋敷の従者、その他諸々の暮らしていくうえで必要な知識は身に着けることができた。ルイスとクロエは以前から仲の良い兄妹だったらしく、俺とクロエがつるんでいても不思議に思う者はいない。それが一番の不幸中の幸いとも言えるだろう。


「さぁ、今日から新学期が始まる。いざ出陣だ!」


 俺は制服姿のクロエに向き直る。いかにもお嬢様学校らしいチョコレート色の丈の長めな制服にどこか落ち着かない様子の妹。ピンクの髪をサイドテールにしてご機嫌な笑顔を向けた。


「お兄ちゃん!似合う?」


「ああ。似合う似合う。元が美少女だから、かなり映えるな」


「ふふっ。自分の身体じゃないはずなのに嬉しい……!」


「いっつもそういう顔していれば、悪役令嬢っぽくないのに」


 呆れたようにため息を吐くと、クロエはムスッと頬を膨らませる。


「お兄ちゃんだってここ数週間で随分悪役っぽく笑うようになったよね?『ふふっ……』って、くつくつするような笑い方」


「え。うそ」


「ほんとだよ?」


「いつそんな顔してた?」


「魔法の家庭教師かてきょと話してるときとか?」


 まったく自覚がなかった。俺としては魔法の授業が『これぞ異世界!』って感じで楽しかったから笑ってただけなのに、いつの間にそんなほくそ笑むような人間になったんだ。やはり、染みついた悪役的動作が抜けきらないのだろうか。


(このまま長くルイスに憑依していては、いつか俺は本当に悪い人間になってしまうんじゃ……?)


 そんなイヤな予感が脳裏をよぎる。


「と、とにかく!学院では笑顔を絶やさずに!俺達のするべきことを確認しよう」


 向き直ると、クロエはピッ!と指を立てる。


「はい!一つ目!」


「ティファニーにはなるべく接触しないこと!オトされたらゲームオーバーだからな」


(ティファニーに限らず、プラダにホレてもダメだ)


「二つ目!」


「魔術院からの使者の相手、および取り次ぎをしないこと!俺達カースグレイヴ家が贈賄と天下りの手引き、怪しい実験への加担をしていることがバレたら大変だ」


「はい、三つ目!」


「父上の目を盗んで王子の暗殺を失敗に終わらせること!人殺しなんてダメに決まってるだろう?クロエにさせるのも勿論ダメ!」


「失敗したらなんて言い訳するの?」


「良心の呵責に耐えかねて?」


「お父様、それで許してくれるような人かなぁ……?」


 『むむむ……』とふたりして顔をしかめる。この数週間で父上とは一緒に食事をしたり、何度か呼び出されることがあってそれなりに知り合い感が出てきたのだが、如何せんウチの父上はどうにも黒すぎるお方だった。

 “父親”として振る舞う分には威厳のある上品な紳士なのだが、“当主”として振る舞うときの父上は何かにつけて、暗殺、根回し、拉致、洗脳、口封じ……と、実行犯(仮)である俺らが言う通りにしていないからいいものの、犯罪未遂のオンパレードだ。


「父上は表立って動けないから、俺らさえ従わなければいいんだけど、説得するにも限度がなぁ?どうするよ?」


「まぁ最悪、無能なフリして失敗続き……とか?いくら父上でも自分の子供を処刑したりはしないでしょ?仮にも私たちは跡取りで、大事な手駒なんだから。生きてさえいればどうとでもなる!」


「なんか、要らんところで逞しくなったよな、俺ら」


「うん」


 悪役兄妹、かく語りけり。そんなこんなで新学期の俺ら的目標を再確認していると、ノックの音が聞こえてメイドさんに声を掛けられた。


「はい、どうしました?」


 扉を開けると、やたら色の白いメイドににんまりとした笑みを向けられる。


「お坊ちゃま?私のようなメイド如きにそのような笑顔を向けるなど、勿体のうございます。どうせなら、上級貴族のご令嬢を口説く際にしていただきたいものですね」


 この、割とお小言が多い年齢不詳の敏腕美人メイドはフェラガモ。父上の右腕的存在で、父上絡みの要件があるときにしか姿を現わさない謎の多いメイドだ。その柔和な笑みの奥からひたひたと感じるおぞましい気配。肩にかかる銀髪の美しさは、まるで磨きたてのナイフの輝きにさえ見える。俺は恐る恐る口を開いた。


「父上から……御用ですか?」


「はい。ルイス様へ、私室へ来るようにと」


「俺だけ?」


「ええ。入学前の最終確認だとか」


 くつくつと口元を抑えるフェラガモ。全身に鳥肌が立ち、寒気が俺を襲う。『いってらっしゃいませ』という涼やかな声を背に、俺は父上のいる私室を叩いた。


 コンコン。


「父上。ルイス・ヴィトン・カースグレイヴ、只今参りました」


「入れ」


 厳かな声にびくびくしつつ中に入ると、父上は窓際に佇んで庭を見下ろしていた。ウェーブの黒髪を艶やかに揺らし、ため息をひとつ。睫毛の長い切れ長な目だけがこちらに向く。


「まるで人が変わったような従順さだな、ルイス?」


 ぎくっ。


 元のルイスはそんなに反抗期だったのか。冷や汗で握りしめた拳が濡れる。しかし、ここで俺が身バレしては妹のクロエまで危険に晒しかねない。兄として、俺は知恵と勇気を振り絞った。


「恐れ入ります、父上。いよいよ魔法学園に入学することとなったのです。僕も次期当主としての自覚をもって、父上への尊敬の念を今一度態度に表したまででございます」


「ほう……研究狂いの貴様がそのようなことを。つい数か月前までは口を開けば『研究費を寄越せ』と五月蠅かったものだが、いつまでも子どもではないということか?貴様が魔術に精通する分には我が家に利益を齎すだろうと放っておいたが、そのような変化もまた一興か」


(ルイス……そうだったのか。なんて野郎だ)


 だが、この父上の口ぶり……おそらくは俺に対する違和感に探りを入れているのだろう。わざわざ呼び出すということは、クロエの方はまだ疑われていないのか。だが、ここで俺がボロを出せばどの道お陀仏だ。ここは笑顔といい子ちゃんな態度で振り切るしかない。


「なにせ僕ももう高校生ですから、いつまでも父上に頼り切りも良くないでしょう?」


 父上同様ひやりと目を細めて笑うと、父上は『それもそうか』と言っておもむろに椅子に腰かける。どうやら警戒を緩めて貰えたようだ。


「して、先日はプラダ嬢に会ったようだが?息災であったか?」


「はい。いつにも増して大層美しくおいででした。学園での生活に胸を膨らませていると。今後とも彼女とは親しく、共に助け合いたいものですね」


 我ながら呆れるほどの口から出まかせ。嘘のつき方が上達したことに内心複雑な気持ちでいると、父上は眉間に皺を寄せる。


「ふむ……プラダ嬢が、そうか……」


(あれ?プラダとは仲良くしておくのが正解のはずじゃあ……?)


 固唾を飲んで返事を待つ俺に、父上はため息交じりに向き直った。


「ルイス。何度も言うようだが、貴様ももう高校生だ。プラダ嬢と我々は家系としては親しく付き合うべきものだが、仮にも彼女は王子の婚約者。外での交流は最低限に控えよ。いくら貴様が想ったところで、プラダ嬢は手に入らぬものと思え」


 父上は俺がプラダちゃんのことを好いているのだと勘違いしたようだ。俺の演技力に脱帽。且つ迅速に訂正を――


「あ、いえ。そういうつもりで言ったわけでは――」


「はぁ……思えば貴様が研究に没頭するようになったのも、プラダ嬢の縁談を進め始めた頃からだったな。いくら幼馴染とはいえ、あれほど『好意を抱いてはいけない』と禁じていたのに。やれ『次元遡行を可能にさせて運命を変える』だの、『俺がこの世のふざけた理を書き換える』だのと。中二病をいつまでも拗らせおって……」


(ルイス、思ったよりヤバくね?)


 どうやらルイスは、恋も病も拗らせボーイだったらしい。俺は慌てて訂正する。


「父上、誤解です!確かにプラダ嬢は美しく成長しておいででしたが、僕は彼女に対して好意など、微塵も――!」


「貴様は口ではいつもそう言う。『全然好きなんかじゃない』『プラダとは腐れ縁』などと抜かしつつ、後生大事に彼女からのプレゼントを部屋にしまい込んでいるのは知っているのだぞ?」


「ぐ……!」


(あの、部屋にあった開かずの金庫はソレか……!)


 俺の中でルイスはツンデレ中二病で確定した。それでいて恋する根暗な籠り研究青年。あいつ属性盛りすぎじゃね?しかし今はそれどころではない。


「だから、本当に僕とプラダはそんなんじゃありませんって――!」


「ククク……ようやくそれらしい顔を見せたか。まぁいい。貴様が言うのならそういうことにしておこう。だが、くれぐれもプラダ嬢には手を出すなよ?なにせ彼女は――」


「王子の婚約者だからでしょう!?」


「そうだ。彼女の縁談を失敗させるわけにはいかん。我らカースグレイヴ家の繁栄も、今回の縁談と貴様の活躍にかかっているのだからな」


「王子の暗殺ですか……」


「ああ。まずは動向を探り、機会を伺え。期日は王子が正式に即位するまでの三年間。高校生活の終わりと共に奴は命を終える。それが最善だ。そして、これから始まる学院での生活で、貴様には他にもやらねばならんことがある」


「他に……?」


 それは初耳だ。なんでも事前に資料で知らせてくる計画至上主義の父上にしては珍しい。首を傾げていると、父上はにやりとほくそ笑む。


「伴侶となる女を探せ」


「は――!?」


「貴様もいい歳だ。縁談相手を募ってはいるが、魔術の衰退するこのご時世、どうにも魅力的な人材が不足している。その上魔術師の家系は実力至上主義。いくらコネと金を積んだところで一度失脚した政権に属していた我らの家名は風前の灯火。幸い貴様は魔術の才に恵まれ最高水準の魔法学院に入学することができたが、妹のクロエを中等部に編入させた際に莫大な資金を投入しているからな、貴様の縁談に回す金が無い」


(クロエ、まさかの裏口コネ入学!?)


「学院には剣技の他に優秀な魔術的素養を持つ者が多いからな、宰相の家系としても魔術に秀でた家系としてもこの機を逃す手は無い。貴様は態度こそアレだが黙っていれば顔は良いのだ。三年の間に優秀な女を捕まえろ」


(出たよ、無茶ぶり……!親からの『あんたまだ彼女いないの?』の圧!!)


 こればっかりはどの世界でも変わらないお約束らしい。しかも、親にまで『性格アレ』とか言われるルイス!


「クロエにもそろそろ良い相手を、と思っているのだが……いずれにせよ学院は中等部と高等部が一体となっているので、クロエのことも頼んだぞ」


「それは、兄として勿論――」


「その『兄として』が心配なのだ。貴様ら兄妹は少々仲が良すぎる。学園内でも四六時中行動を共にしては、クロエに男が寄ってこないだろう?」


「……!」


 シスコンも、親公認で確定。


「加えてクロエには別件で任務を言い渡すことも多い。しかし、クロエは貴様程魔術の才には恵まれていないからな。それ故に隠密と接近は容易くこなせるのだが、学院の者は一筋縄ではいかないだろう。付かず離れず、適宜サポートしてやりなさい」


「あの、ちなみにクロエの任務って……?」


「クロエから聞かされていないのならば、知る必要は無い」


「では、どうやって手伝えと……?」


 あまりの無茶ぶりに困惑するしかない。しかし、父上はニヒルな笑みを絶やさずに淡々と続ける。


「貴様の助けが必要か否かはクロエが判断することだ。ルイス、貴様は何かあったときに手を貸せばそれでいい。クロエは賢い子だ。だからこそ分家から養子に取ったのだからな」


「え――?」


(実の兄妹じゃ、ないの……?)


 だが、ここでそれを聞き返しては身バレする。俺は喉から出かかった言葉をグッと飲み込んで、冷静さを装いながらお辞儀した。


「仰せのままに――サルヴァトーレ閣下」


「クク、急に畏まってどうした?その名で呼ぶのは公の場でよいと言ったであろう?屋敷内では父上でよい」


「はい」


 俺は不安を掻き消すように、返事だけはしっかりとして部屋を出た。追加で出された課題は『嫁探し』と『クロエへの協力』。そして、『プラダに惚れるな』の念押し。


「はぁ……」


 何がわくわく新学期だ。

 もう、ため息しか出ねぇよ……


 しかし悲しいかな。無情にも俺の学院生活は心の整理なんて待つ余裕もなく幕を開けたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺が乙女ゲームの悪役公爵になったみたいけど、とりあえず死ねばいいのかな? 南川 佐久 @saku-higashinimori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ