第3話 幼馴染は悪役令嬢
翌日。使用人に馬車を出してもらい、プラダちゃんの家であるフルーフミスト公爵家へやってきた俺達は、これまた豪華な屋敷におずおずと足を踏み入れる。
すると――
「お待ちしておりましたわ、ルイス様にクロエ様!」
正面玄関入り口の大階段を静々とおりてくるこげ茶の巻き髪をふわりと揺らす美女。凛とした立ち振る舞いで俺達の前までくると、これまた上品にお辞儀する。
「お久しぶりね?いつ以来かしら?」
「ええと……」
もちろん、そんなのわからない。
言い淀んでいると、クロエがドレスの下で俺の爪先を踏む。
(気の利いたこと……!? そんな、急に言われても――!)
俺は咄嗟に思考を巡らせた。
記憶が無くても違和感がなくて、ルイスらしいことと言えば――
「――いつだったかな? 最近は書庫と魔術工房に籠りきりで外に出ていなかったから、時間の感覚が無くてね。申し訳ない。しかし、プラダはいつ見ても美しいね?」
そう。思った通りと言うべきか、『黒の公爵家』は魔術に精通している家系だ。であれば、その世継ぎである俺も当然魔術に詳しくて然るべき。そして、月の下でぼんやりと浮かび上がるようなルイスの白い肌を見れば、彼が籠りな体質なのも当然だろう。
柔和な笑みを浮かべたままそう答えると、プラダちゃんはかぁっと赤くなる。
「そ、そんな……美しいだなんて、私には……」
ちなみに、俺はクロエに『女相手に困ったら、とりあえず笑顔で歯の浮くような台詞を吐け』と言われている。
(あれ? すっごく美人だから言われ慣れてそうだと思ったのに)
照れ屋な悪役令嬢だなんて、なんだか意外。それとも、これは幼馴染であるルイスの前でだからなのだろうか。
(まさか……ルイスはクーデレ系だったか? あまり人のことは褒めない感じ?)
クロエ同様に冷や汗を笑顔で隠しながら返答を待つ。言いようのない緊張感にどきどきしていると、プラダちゃんは俺達をテラスに案内してくれた。
「北方から仕入れた珍しい茶葉らしいのだけれど、お口に合うかしら……?」
「ああ、美味しい。すっきりとしていて、昔飲んだノンカフェインの紅茶を思い出すよ」
「……!」
それまであれこれと紅茶やお屋敷のことについて話していたプラダちゃんは、一瞬目を見開く。そして、思わぬことを口にした。
「昔……そう、昔……ね……」
「……?」
俯きがちに落とした視線。周囲をキョロキョロと見回し、使用人が近くに居ないことを確認しているようだ。すると――
「あの、ね……? 変なことを言ってもいいかしら?」
「いいけど……どんな?」
「私、その……昔の記憶が、あまり無いの……」
「え――」
悪役令嬢、まさかの記憶喪失。
俺達は『幼馴染はどうやっても騙しきれない』と踏んで、早めに手を打つべくこうして足を運んできたのに。とんだ拍子抜けだ。
「プラダ様……それって、本当なの?」
クロエと顔を見合わせていると、プラダちゃんは申し訳なさそうに口を開いた。
「プラダ、でいいわ。記憶が無くなったのはここ最近で、それ以前のことは何もわからないの。日常生活を送ることに問題はないのだけれど、友人との思い出というか。人とどういう関わりがあったかとか、そういうことが思い出せなくて……ごめんなさい。幼馴染である貴方達には早めに話しておかないといけないと思って……」
「ああ、謝らなくていいよ。思い出なんて、これから作り直せばいいんだから。生きていれば、そのチャンスはいくらでもある」
「生きて、いれば……」
またもや歯の浮くような台詞でその場を凌ごうとする俺。
その言葉に、プラダは一層大きく目を見開いた。
「そうね、そうよね……私がんばる!」
にこっと拳を握りしめ、屈託のない笑みを浮かべるプラダ。
俺は不覚にもときめいた。
(ちょ……ヒロインはティファニーなんじゃないのかよ!?)
鎮まれ、俺の鼓動。
相手がティファニーでなくとも、オトされたら元の世界に帰れないんだから。
(てゆーか、ルイスって顔に似合わず惚れっぽい奴なの?)
さっきからどきどきしている心臓は、およそ悪役公爵とは思えないどきどきっぷりで俺を翻弄する。しかし、ルイスの顔面形状記憶能力はハンパなかった。内心でいくらどきどきしようと、素知らぬ顔で笑顔を浮かべることができるのだ。流石は隠密、暗殺なんでもござれの黒の公爵様。
(俺、本当に
変なところで、現実を受け止め自覚した。
そんな悲しい事実など露知らず。プラダはすっくと立ち上がると、俺の手を取って微笑んだ。
「来月からの魔法学院でも、よろしくお願いいたしますね!」
「ああ。こちらこそ、よろしく頼むよ。色々と」
爽やかで、それでいて上品な笑顔。
俺達はその笑顔に見送られてプラダの屋敷を後にした。
◆
「プラダ……本当に悪役令嬢なのか?」
帰りの馬車の中、クロエに問いかける。
「ね。私もそれは思った。まさか悪役令嬢が記憶喪失だなんて」
「大丈夫なのかな? クロエ同様、プラダにも破滅ルートがあるんだろ?」
その問いに、こくりと揺れるピンクの髪。クロエはその愛らしい見た目におよそ似つかわしくない苦々しい表情で口を開く。
「むしろあっちの方が盛大に破滅するわ。でも、あんな笑顔を見せられたら仮初の幼馴染とはいえ、後味悪いわね……」
「俺もそれは思った」
なんていうか、プラダは守ってあげなくちゃいけない。そんな気持ちがふつふつと湧き上がる。幼馴染であったルイスの感情がそう思わせるのかどうかはわからないが、俺は確かにそう感じていた。
「可愛かったな、プラダ……」
ぼそりと呟くと、クロエは俺にジト目を向ける。
「お兄ちゃん……節操ないわね……」
「悪かったな! こう見えて、ルイスは繊細なハートの持ち主なんだよ!」
「そうね……でも、プラダのあの笑顔……どう考えても悪役令嬢には思えない。それに、入学間近なこのタイミングで記憶喪失……?」
口元に手を当てて考え込んでいたクロエは、おずおずとその言葉を口にした。
「ねぇ、お兄ちゃん……」
「ん?」
「ひょっとしたら、プラダも私たちと同じ、だったりして……?」
「え――?」
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