第2話 乙女ゲームのヒロインがくそかわ


 人生初の異世界(精神)転移。だが、俺が転移したのは、チート勇者でハーレムうはうはな剣と魔法の世界でなくて、乙女ゲームの悪役公爵だった。


 この世界にひとりだけいるというヒロインにオトされたら最後。俺は『黒の公爵家』と呼ばれるカースグレイヴ家の当主として人生を全うするハメになるらしい。

 絶望的な俺に、妹は一枚の写真を見せる。


「これ、よく覚えておいて。いわゆる正ヒロイン、ティファニーよ」


 ――ズキュンッ……♡


 俺の中に、ピンクの稲妻がほとばしった。写真からでも伝わる純真無垢な雰囲気に、ふわりとした柔らかい笑み、陽だまりのような金髪と優しい目元。


「くそかわなんですけど……!」


「お兄ちゃん……この世界の思うツボね……」


 妹は『はぁ~』と眉間を抑えて俺に向き直る。


「いい?コイツにオトされたらダメなんだからね、お兄ちゃん!」


「でも、ヒロインなんだろ?無理だよ可愛いよ」


「ダメったらダメ!」


「そんなこと言われたって、今までやってきたどんなギャルゲのヒロインより圧倒的に可愛いと思う……」


「それは仕様だから」


「……仕様?」


 首をかしげると、妹はふんす!と腕を組んでドヤ顔で語りだした。


「お兄ちゃんは乙女ゲーム初心者だからわからないだろうけど、この世界は正ヒロインであり主人公のティファニーを中心に動いてるの。お兄ちゃんやその他大勢のイケメンが彼女を『くそかわ』だと思うのは当たり前で、そういう風になってるのよ」


「そういう、もんかな……?」


 さっきから心臓ドキドキしっぱなしなんだけど……これも仕様ってことなのか?


「だから、最も注意すべきはこの女。お父様は入学したら王子の取り巻きや周辺を探って暗殺の機会を伺えって言ってたけど、そんなの正直どーでもいいわ」


「……どーでもいいのか?」


「どーでもいい」


 妹はこれまたあっさり言い放つ。


「とにかく、来月から私達が魔法学園に通う上で注意すべきは、『ヒロインに会わないこと』と『悪い組織と群れないこと』よ」


「その心は……?」


「死亡ルートの回避」


「俺死ぬの!?」


 思わず声が裏返る。


「イヤだ!美絵を残して死ぬなんて、俺にはできない!」


「お兄ちゃん……そう言ってくれるのは嬉しいけど、ここではクロエって呼んで。それでもって、お兄ちゃんはルイス。我らがカースグレイヴ家の次期当主様、ルイス・ヴィトン・カースグレイヴよ?」


「ルイス……」


(本名のるいと一文字しか変わらない……覚えやすくていいな)


 俺は言われるままに頷いた。


「わかったよ、クロエ」


「――よし」


「で、俺達はどうすればいいんだ?」


「そうねぇ、まずは――」


 流石はオタクと言うべきか、美絵、もといクロエは『死亡ルート回避』の為の策をあれよという間に打ちだした。曰く、『死亡ルート』というのはクロエの死亡ルートらしい。

 父上の話のあと、別件で呼び出されたクロエに渡されたのはヒロイン・ティファニーの写真と身辺調査の資料だった。『魔力適正の非常に高い存在、利用できるならば取り入れ』とのこと。

 また、暗殺対象である王子に関する資料は俺にも渡されているが、クロエの貰った資料は倍近い量がある。ヒロインの取り込みであれ王子の暗殺であれ、失敗すればクロエは良くて国外追放、最悪処刑される恐れがあるとのことだ。


「そんなこと!お兄ちゃんが絶対させないからな!」


「お兄ちゃん……」


「クロエ……」


「嬉しいけど、顔と台詞のギャップがひどい……」


「うそ。」


 鏡を振り返ると、そこには若干目の下のクマが気になる陰気そうな美青年の姿があった。確かにどう考えても、『俺が守ってやる!』なんて言いそうにない。なんなら『僕の手で楽にしてさしあげましょう、永遠にね?』くらい朝飯前に言ってのけそうだ。


「お、俺はめげない……陰キャも演じきってみせる……」


「お兄ちゃんは元から陰キャじゃん?」


「ここまでじゃねーよ」


「ルイス様をバカにしないで」


「それ、俺だからな?」


 短く告げると、クロエはベッドから腰をあげてスカートをぽすぽすとはたく。


「……どこか行くのか?」


「うん。明日出かける準備をしようかなって。今はとにかくこの世界に慣れることと、学園生活でボロを出さないようにするのが最優先。だから、早めに会っておきましょう?」


「誰に?」


「資料の『協力者』のところに書いてある、幼馴染のプラダちゃん。私達の王子暗殺の件を知っていて、尚且つ遺産狙いの王子の婚約者。そして、婚約者でありながらヒロインのティファニーに嫌がらせをして恋を破局させようと目論む――私達と同じ、いや、それ以上の。正真正銘、悪役令嬢よ」


 俺達の幼馴染、プラダ・フォン・フルーフミスト公爵令嬢は、この世界における悪役令嬢だ。俺達と彼女は『他の婚約者候補たちを秘密裏に葬った』『見返りに多額の魔術研究費用を渡した』など、家族ぐるみで代々黒い付き合いのある家系同士。クロエの死亡ルートを回避するなら、プラダちゃんにもおとなしくしてもらわなければならない。だって、そっちから足が付いたら困るから。


 そして何より、幼馴染である以上は、俺達の中身がルイスとクロエでないことに最も早く勘付くであろう人物だと言える。要注意人物にして危険人物。早めに攻略しておきたい。それがクロエの作戦だ。


「お兄ちゃんはルイス。お兄ちゃんはルイス。お兄ちゃんはルイス。プラダちゃんの幼馴染のルイス」


「イエス、マイシスター」


 俺はされるがままに妹に暗示をかけられる。そして、気合を入れ直した。


(妹は、絶対に死なせない――!)


「「さぁ、行こう!」」

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