俺が乙女ゲームの悪役公爵になったみたいけど、とりあえず死ねばいいのかな?

南川 佐久

第1話 兄妹そろって乙女ゲームの悪役公爵になった


 天気のいい平日、木曜日。大学の講義が午前中で終わった俺は、試験休みの妹に誘われてショッピングモールに来ていた。行き交う人々はまばらで、休日の喧騒からは程遠い、絶好の買い物日和だ。俺は心なしかそわそわと隣を歩く妹に声をかける。


「それにしても、美絵みえが俺を買い物に誘うなんて珍しいな?反抗期はどうしたんだよ?最近のJKは暇を持て余してんのか?彼氏とデートでも行けば?」


「お兄ちゃん、ケンカ売ってんの?彼氏がいたら休みの日の家でごろごろゲームなんてしてないよ」


「あ、そう。そういえば、お前オタクだったな」


「うるさい。――あ、新作フラぺ……」


 とかいいつつ、俺の袖をくいくい引く仕草が庇護欲をそそる、可愛い妹。

 美絵は高二にしては背がそこまで高くないが、スタイルはいいし顔も可愛い。目が大きくて、セミロングの黒髪はサラサラ。大学の友人と飲み会に行くと大抵『妹紹介しろ』と言われる美人さんなのだが、いかんせんオタクで三次元の男子に興味薄なお女子様なので、丁重にお断りさせていただいている。

 だが、こんな平日に財布も持たない妹とショッピングモールに来てしまうレベルには、俺はシスコンだった。


「ねぇ……」


「はいはい。トールとグランデどっちにするんだ?」


「グランデ」


「……飲み切れるのか?」


「お兄ちゃんと分けるから、いいの」


「そっか」


 俺はその一言に頬を緩ませながらレジに向かい、グランデのフラぺを妹に手渡す。すると、妹は上目遣いで追撃をかけてきた。


「お兄ちゃん……あのね?昨日のテスト、自己採点88点だったの……」


 その言葉が、意味するところは――


「…………」


      ◆


 気がついたら、ゲーム売り場に来ていた。


「わぁあ!お兄ちゃんありがとう!」


「まぁ、テスト頑張ったらご褒美が欲しい気持ちはつい二年前まで俺もそうだったからな。来週バイト代入るし、いいよ」


「お兄ちゃん大好き!」


 にぱーっとした笑顔。美絵のこんな顔を見たのは久しぶりかもな。

 ほんと、現金なやつ。でも可愛いから許す。


「で?どれが欲しいんだ?」


 美絵がぎゅっと握りしめた商品サンプルには、『新作!』の煽り帯が。


「木曜日……発売日か。さてはお前、狙って来たな?」


「だ……ダメだった?」


(こいつは……ほんと……)


 レジに持っていくと、カウンターに出てきた商品。でーんとした存在感のある、初回限定豪華版。パッケージには、大勢のイケメンが中央の女の子を囲むようにしてカメラ目線をキメている。お値段も、俺が思っていたよりけっこー豪華版だった。


(こいつ、は……)


「はぁ……カード一括で」


「お兄ちゃん大好き!」


「……はいはい」


 俺は妹の可愛さに完全敗北を喫して帰宅した。


 帰るや否や、美絵はさっさと部屋着に着替える。ソファにぐでーっと寝っ転がりながら、無防備な体勢でローテーブルに飲み物を用意し、いざ開封の儀。俺もその横でスマホのアプリ『プリンセスガールズマスター』を起動した。


「ふふっ……!楽しみにしてたの!相変わらずキャラデザがいいなぁ……!」


「また乙女ゲーか。オタクめ」


「お兄ちゃんに言われたくない。これはお兄ちゃんのせいでもあるんだから」


「俺の?」


 首を傾げると、美絵は俺のスマホをぴっ!と指差した。


「お兄ちゃんの英才教育の賜物!」


「……負の遺産承継だな……」


「さぁ、はじめよーっと!だ・れ・を・攻・略・し・よ・う・か・な?」


 うきうきと電源を入れる美絵。しかし、次の瞬間――

 ――リビングは、光に包まれた。


      ◆


 目を覚ますと、そこは見慣れない部屋だった。豪華な装飾のついた調度品に囲まれた、薄暗くてどこか埃っぽい部屋。


「なっ――ここは……俺はたしか、美絵とリビングに……」


 その声に、床に伏していたピンクの髪の美少女が目を覚ました。


「……お兄ちゃん?」


 声は高めなように感じるが、この気だるげなトーンの『お兄ちゃん』は――


「……美絵、なのか……?」


 パッと見開かれる金の瞳。桜色の唇を震わせて、少女が口を開く。


「……くそイケメンなんですけど……?」


「――は?」


 顔を見合わせる俺達。


「…………」

「…………」


 その沈黙は日が暮れるまで続くのかと思われた矢先、叫び声がハモる。


「「どうなってんの!?!?」」


 その仲良しっぷり、まさに兄妹。

 目の前のピンク髪美少女はまごうこと無き妹だった。


「美絵!どうしたんだよその髪!」


「ってか、お兄ちゃんこそ、なんでそんなくそイケメンになってんの!?は!?意味わかんない!」


「イケメン!?俺が!?ふざけてんのか!?褒めても今日はもう買わないぞ!?」


「まじまじ!嘘じゃないって!鏡見てみなよ!」


(…………)


 急いで姿見の前に立つと、そこには――


(くそイケメンなんですけど……)


 小洒落感満載にもしゃついた黒髪に、白い肌、凛とした金の瞳。背はすらりと高くて、着ている服もそこはかとなく貴族っぽい。


「うそ……俺……?」


 頬をつねると、鏡の中のイケメンも同じように頬をつねった。そしてほっぺは痛かった。俺は再び妹と顔を見合わせる。


「「……異世界……転移……?」」


 ――中身(精神)だけ。


「まじかー!」


「うわまじかー!」


「「ありえねー!!」」


 俺達はふたり揃って腹を抱え、床に転がった。


「ひぃっ……!お腹痛い……!」


「どうすんの!?ねぇ、これどうすんの!?」


「どうするもこうするも……来ちまった以上はなんとか攻略して出るしかないだろ?てゆーかコレ、転生っていうか憑依、だよな?」


「さすがお兄ちゃんゲーマー。飲み込みはやー。草生えるー」


「そういうお前も美少女になってテンション上がってるくせに」


「えっ?」


 俺は、わきわきとスリムになった自身の腰まわりをさすっている美絵ににやりと視線を投げる。美絵は『まぁね♪』と微笑むと床に大の字に寝そべった。


「はー!でも、お兄ちゃんと一緒でよかった!ひとりだったらどうしようかと!」


「それもそうだな。とりあえず、この世界のことを理解しよう。攻略方法もそのうち――」


 そうこうしていると、不意に部屋の扉が叩かれた。


「ルイス様?クロエ様もそちらにいらっしゃるのですか?」


「は、はいっ!?」


 俺は慌てて扉を開ける。困り顔のメイドさんに案内されて父親に会い、『来月から通う魔法学園』とその『入学目的』『心構え』について知らされた俺達は、部屋に戻って再び顔を見合わせた。


「え……?アレが俺達の父さん?」


「……お父様、ね。もしくは父上」


「くそイケメンじゃなかった?ウェーブ黒髪のニヒルな感じで……」


「お兄ちゃん、鏡見たでしょ?そっくりだったじゃん。瓜二つでしょ」


「「…………」」


 意図しているのかいないのか、父上から聞いた話に誰も触れようとしない。


「「ねぇ……」」


 ハモった。

 俺はあせあせしながら『お兄ちゃんいいよ』と先を譲られ、妹に問いかける。


「で、俺は何をすればいいの?プラダっていうヒロインをオトせばいいの?」


「お兄ちゃん話聞いてたの?プラダは幼馴染でしょ?私達の協力者で、同じ学校に通う同志だよ」


「で?誰をオトせば帰れるの?」


 その問いに、妹はこれ見よがしにため息を吐く。


「お兄ちゃん……ここは、お兄ちゃんが考えるようなうきうきハーレムみたいに甘っちょろい世界じゃない。多分、ここは――」


 ごくりと、俺の喉が鳴る。脳裏に浮かぶ、父上の声。『奴を殺せ』と囁く口元、それに同調するようにくつくつと上下する執事の肩に、『期待していますわ、お坊ちゃま』という、メイドの甘言。思いつめたように息を零す妹の口から出た言葉は――


「ここは多分……悪役令嬢世界だ……」


「悪役、令嬢……」


「お兄ちゃんと私は、乙女ゲームの悪役公爵家ダークサイドに精神転移したの。お兄ちゃんの得意なギャルゲーじゃなくてね」


「ギャルゲーじゃ、ない……だと……?」


 俺の整った薄い唇が、震える。


「えっ。ハーレムは?」


「ない」


「可愛いヒロインは?」


「一人いるはずだけど……オトされたら、お兄ちゃんはもう帰れない」


「えっ?」


 意味も分からずキョドっていると、妹は眉間に皺を寄せて呟いた。


「まだわからないの?お兄ちゃんは、なのよ。ヒロインにオトされたら最後。永遠にここで暮らすことになる」


(え。こんな後ろ暗い家庭で?次期当主として?ずっと?イヤなんですけど……)


「そんなの……俺はいったい、どうすれば――」


 問いかけると、妹はイヤってくらいによく似合う自嘲的な笑みを浮かべて囁いた。


「とりあえず……」


 ――みんなのために、死んでおく?









※悪役令嬢モノをお試し初挑戦です。反響次第で連載検討中。

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