第43話 ダッシュする

 その空気の微少な変化を感じたようにアルデンテスは体の向きをこちらへ向けたが、彼は攻撃へと移ることは無かった。まるで仕事が終わったかのように体を伸ばしてリラックスをし始めた。

 見逃されているのか?

 心を読んだようにアルデンテスは言った。

「君はただの無知者だ。ってことで逃げなよ。ユリも抱えて」

「…………」

 ただ黙って見ていた。未だ動けばやられる空気に変わりは無かった。

 一向に動こうとしないローズに、

「さっさと!」

 とアルデンテスは大声をあげだ。

 そんな事を言われても校庭を出るまではアルデンテスに背を向けられなかった。

 信じるにたる存在と思って過ごしてきたがためにショックが大きかった。

 一体彼は何者なのか。何を企み、何のためにかつての仲間たちに手をあげたというのか。

 そして色。見た目の変化はいかにして起きたのか。

 いっそ本人から聞いてしまいたいがやられてしまっては元も子も無い。

 悔しさを噛み締めて学校から全速力で走った。



 ギルのアジト。

 ざわめく心を鎮める事すらできずに走った。その事であがった鼓動に耳を任せる。

 ここはアルデンテスに知られていない場所だ。

 実はついてきてました。ってことにならなければ問題は無いだろう。

 どこまで考えても答えは出てこない。そのうえ不幸にも本を持ってくることができなかった。

 もし本を持っていれば、それがもしまだ物語の終着点に自分がついていないのなら本を使わずに問題の解決に乗り出すのは遠回りだ。だが、無いなら頭を使うしかあるまい。

 何度かの深呼吸を繰り返してから目を開いた。

「オイっす」

「うわあああああ!」

「うわあ!」

 突然目の前に笑顔の青年が現れた。

 よく見るまでも無く見覚えある見た目にちょっとした変化の加わった彼は明らかに驚いた様子だ。

「どったの?」

「それはこっちのセリフ! 何でここに居るのさ」

「それは俺っちも同じ気持ちだよ」

 目の前の男。シンは照れくさそうに頭をかいた。

 まあ、確かに自分がここに居る理由も傍から見れば謎だろう。

 しかし、さっき城で別れた時には一緒に降りて来ていなかったはずだ。いつからここに居たのか、なにゆえ追いつけたのか、聞きたい事はアルデンテスの時のように頭の中に山のように積み上がる。

 しかし、それよりもまずは感謝だ。

「ありがとう」

「どうした? 急に」

「どうしたって」

 真剣な調子でそう問われると自分もモジモジしてしまう。

 素直に心細かった。と言えるならどれだけラクだろう。だがその言葉は口にできない。言ってしまえばアルデンテスへと向き合う意思さえ失せてしまいそうだからだ。

 自分としては自然な言葉でその場を取り繕う。

「ううん。諜報係は役に立つはずでしょ」

 シンは頷き同意したようだ。

「そうだな」

 しかし、これだけでは問題は解決しない。本題はアルデンテスなのだ。

「誰か追って来てた?」

「いや、俺っちは外では誰とも遭遇しなかったぞ」

「誰とも?」

「うん」

 勢いでここまで来てしまったがそれなら未だリーマーの力は残り、この世界の住民は眠ったままな訳だ。

 眠りから覚める前に城へ行けば見逃してもらえる。そうでなければどこかでやられる。悪魔として見られていればそうだろうと推測する。

 そこまで自分に言い聞かせると次の行動をどうするかを決めねばなるまい。

「なあ、どうして驚いたんだ?」

「え、ああ」

 聞かれて思い出したが答えていなかった。

 そんなもの簡単だろう。

「急に目の前に現れたら驚くでしょ」

「そんなもんか?」

「うん」

 ニシシと新しいイタズラを思いついたようにシンは笑った。

 今はそれを止めるような時ではない。その時間すら惜しい。

 イタズラされる前に質問をする。

「シンはどうしてここが分かったの?」

 この答えの返答次第ではバレていないと思っていたアルデンテスにもいずれ襲撃されるかもしれない訳だ。

 回答は意外な物だった。

「大切にしてくれるのはありがたいけどその布俺っちのだろ? 俺っちは自分の持ち物のある場所になら瞬時に行けるから」

 初耳だがそれなら納得できる部分もいくつもある。

 なる程では返してもらうためにここに来たのだろうか?

「これ、返して欲しかった?」

 未だ身につけたままだった布を丸めて返そうとする。

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