第41話 ジャンプ
そうだ、そういえば、チャスチャは道を譲ったが居なくなった訳では無かったはずだ。
それだからこそシンやユリはチャスチャの存在に気づいていた。
しかしローズの新入りナメクジ姿での登場でナメクジがチャスチャを倒したと思った。
そんな倒れていたはずのチャスチャが笑って入ってきたがためにシンは警戒した。という訳かと納得した。
「…………、それじゃ行こうかローズちゃん」
「え」
勝利の余韻に浸り続けられる程の時間は無かった。
ユリを抱えた状態でシンに手を引かれるままに部屋を出て階段を降り始めた。
ネコ科男も元サイ男も他の悪魔たちもチャスチャの言葉で道を開け、新入り用の門まで来るのにさほど時間はかからなかった。
先の見えない道を歩く事の精神的負担を理解して、「ハッ」と肩の力から全身脱力しそうになる。
とうとう崖まで来た。
新入り用の門は出るものも拒まずすんなり開いた。
「じゃあな」
「…………」
シンは笑顔で言った。
まさか別れがこようとは思っていなかった訳では無い。ヒトと悪魔だ。住む場所が違うのだ。
しかし、時は流れてしまったのだ。一緒に居る時間は長く感じられた。それは親近感を抱くのに十分なものだった。
変態と思って遭遇してしまったが、シンとの関わりを通して結局は頼りっぱなしで情けない自分を知っただけだった。
視界が歪んだ気がして手で拭う。
「うん。さよなら」
もしかしたら永久の別れかもしれないが、また会える気がする。
もう怖くない。
フッと宙に体を浮かせてユリを落とさない程度に手を振る。
「…………ありがとう…………」
落下は急速だ。
みるみるシンもチャスチャも小さくなっていく。
夢のような世界から帰るためにもここでヘマをする訳には行かない。
ユリも抱えているのだ。自分だけの問題じゃない。
しかし、幸いまだ視界には大量の文字が見えている。今まで地上で戦っていた時とは比べ物にならない程の量の文字が視界を埋め尽くしている。油断をすれば文字にしかピントが合わなくなるがその気の緩みすら許されない。
でたらめに叫んだところで目標の物まで声は届かない。
まだ…………まだ……まだ、そこだ!
「柔らかくなぁれ!」
地面に散らばる砂、砂利、土に一気に文字が通過する。
地面に体をぶつけるもクッションとして地上最強レベルの柔らかさを得た地面は言葉が通った部分のみを広くしかし確かな深さを持ってローズたちを受け止めた。
しかし、それだけでは落下死していただろう。
高さは高さだ。
暴力のような力に対して、たかだか口撃魔法で地面を柔らかくしたレベルでは、どうにもならなかったはずだ。
口撃魔法だけでもスライムの肉体ゆえにローズは助かったかもしれないが、ユリは無事では済まされなかっただろう。
ローズには一瞬。ほんの一瞬。地面と激突する寸前に体がフッと上に引っ張られる感覚があった。
まるで重量と反発するように働いた力によってローズは無事に再び地上に足をつけることができたのだ。
羽でも生えたように感じたが背中には何も無い。
ワァーと言う声で現実に戻ると仲間たちは笑顔でそこに居た。
「ただいま」
ローズも笑顔を返した。
うごめく黒い物体の中。
「俺っちたちはどうするんだ?」
ケラケラと笑う声と共に包帯の悪魔は王の部屋へと戻ってきた。
「シン君にはまだ仕事があるようですよ?」
老いぼれの悪魔はさも当たり前のように答えた。
「そんな馬鹿な! 俺っちに? 一体何が?」
「見てみなさい。いや、聞いてみなさい。駆け上がる足音、そして残るワシと君この状況」
「……な……」
声を漏らす事しかできない驚き。空気は静まり返り状況を理解するにはピッタリの状態となった。
「そうでしょう? まあ、君は姿だけ見せたらもっと別の場所へ行って居るでしょう」
「どこに?」
「さあ? 今のワシからは何も」
フフフと笑ってチャスチャは扉を盛大に開いた。
地上。
悲鳴めいた声だった。
疲労の中で精一杯笑ったつもりだった。
しかし、周囲の反応は明らかに嫌悪感を隠そうともしないもので状況は未だ理解できない。
一体何が起こったというのだ。
向けられる視線は前でも後ろでもなく自分自身。
そうか、と思い出すと今自分がユリを抱えていることを思い出す。
ならば仕方が無いだろう。
ユリは敵として対峙していた存在だ。気を失っているとはいえ目の前に急に現れれば警戒しない訳にはいかないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます