第40話 叫び
今、ここで叫んでしまえば、この事件は全て解決するだろうか。
いや、分からない。それに躱されないという保証も無い。
しかし。
今までに無い気持ちの焦り具合に押されまいと息を長く長く吐く。
もう何ができるかはバレていると考えなければならない。息を吸えば警戒されることは必死。
ならば今の有利は、今の状況自体だ。
「フンッ!」
と冷たい息を吐いたユリの見えない力によってローズはいきなり壁へと打ち付けられた。
「あっ」
激しく体を打ったもののまだ意識は保てている。見た目も問題はないだろう。
視界が一瞬で溶けた事には驚いたがそれでも正気が保てていれば勝機はある。
しかし、ここで人形であることの耐久力が切れたのか手足の感覚がにわかに失われてしまった。
肉体は動かせない。
まるで巨石に潰されているようだ。
重いどころの騒ぎではない。
それが、その事実が絶対であるかのようだ。
だが、それは問題では無い。
物理攻撃主体の戦士ならばここで戦意喪失していたかもしれない。しかし、ローズはそうではない。
動かせる部位である顔を動かし、シンにアイコンタクトで指示を出す。
伝わるかは分からない。
一か八かのかけである。
ただ一度一瞬のスキでいい。
それさえあればこの重い体でも状況を打開できる。
しん。と静まり返る空間を破ったのはユリだった。
「シン。私を騙したのね」
責めているようで威圧感の薄い言葉にローズは過去の彼女が重なった。
やはりあのユリもユリだ。
包帯男の耳は問題無い。
それでも聞いているのか、聞いていないのか曖昧な調子で相槌を打っている。
すると、タイミングを見つけたようにユリを見てからシンの手から黒い球体が投げられた。
空中でその球体がはじけると激しく光を撒き散らした。
室内はデスの放った光とは違う。真っ白で痛々しい光の中にありながらローズは目を開いた。
ありったけの力で布を飛ばし本体を晒す。
それに気づいたからか、ユリはビクッと体を震わせた。
体は軽く自由を取り戻す。
一瞬後、
「キャッ」
と言って、手で、腕で顔を覆ったユリはもう何も見えていない。そのうえ光の中である。
準備は整った。
出せる限りの声量で叫ぶ。
「分かれろーーー!!!」
チャスチャ、シン、そして、ナメクジがローズだったこと様々な状況によってユリは目を大きく見開いた。気がした。
文字は光の中でも移動しユリを貫く、そのことでさらに一際強い光が室内を包み込む。
二重の光の眩さにローズは目を瞑った。
やっと来た。
やっと届いた。
光は収まることを知らずさんさんと輝き続けた。
その白は城を超え世界を超えどこまでもどこまでも広がり続けた。
正門の悪魔たちは城を見上げ光の根源に対して畏怖を感じ、自らの体が圧倒的な白に包まれることを避けようと騒ぎ立てた。
もちろん、そんな事はできようはずもなく悪魔たちは成す術なく、足掻き虚しく全身を光へと包みこまれるしか無かった。
そのさらに先では光は地上にも届いていた。
城を中心に球形に広がる光の中では、ドアイラトたちが目を覚ました。
1人として、校庭にいる者の内で声を発した者は居なかった。が、癒えていく体に事の結末を悟ったようだった。
ギルはフッと笑い。デスもまた愛おしい物を見るような顔をして空の方向を見た。
一寸先すら白く、見通す事など不可能だ。
そんな中で少しずつ少しずつ光は弱まりこの世の存在は次第に目を開ける。
焼けるような白の先、ユリはいつもの見た目でそこに居た。
光は長く長く続いた。
永遠が存在するのならまさにそこにあっただろう。
たとえ終わりがある事を知っていようと感覚は無限に近く引き伸ばされ皆が切にこの温かみを感じ続けていたいと願った。
「ありがとう」
世界の沈黙を破ったのはユリだった。
堂々と立って誰の耳にも届くような聞き取りやすい声で言うと早送りされた植物の映像のように体から力が抜けたようにフラッも体制を崩した。
ローズは咄嗟に体を投げ出してユリを受け止めた。
近づく事すら不快になる程の邪気が、ユリの体から消え去り見た目だけでなく精神までもがいつものユリに戻った事をローズは感じた。
「フォッフォッフォッ」
扉が開きチャスチャは部屋へと入ってきた。
そこには笑みが浮かび大将を破られた恨みを持ち合わせているようには見えない。
それでもシンは治った体でチャスチャに対して戦闘態勢をとった。
「シン君、心配する必要は無いよ。ワシはもうただの老いぼれだ」
「……そうですか?」
シンはチャスチャから敵意を感じないと判断したのかすぐさま構えを解いて腕を頭の後ろで組んだ。
終わったのだ。
よく分からない世界の変化ももう完結したのだ。
ユリも元に戻った。
ならばもう口撃魔法を使う必要は無い。
しかしいつ肉体に魂は戻るのだろうか?
本を読み込まなかった事を後悔した。が、そんな事は帰ってからモンクやアルデンテスに聞けばいい話だ。
そうだ、いずれ体に魂も戻ることだろう。
「しっかし、俺っち死んだと思ったぜ」
えっ! と驚き、ふとシンを見ると笑顔は老人へと向けられていた。
「なあに、もうほとんど変わらないものですよ」
「おっそろしいや!」
その言葉でユリもシンもローズか入って来た時に驚いた様子だった事を思い出した。
なるほど、シンはナメクジイコールローズであったからやってきた事とチャスチャの死んだフリに驚いたのだろうが、ユリはチャスチャの死んだフリに驚いてローズの登場は新入りの侵入ぐらいにしか思って無かったのだろう。と納得した。
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