第39話 戦士たち
「なら、オデの糧となれ!」
突然表情を険しくすると目の前のサイ男はカッと目を開き拳を突き出してきた。
これで非好戦的とは嘘だろう。
仲間の命すらただの糧か。ウカウとは比べ物にならない巨体を前に心音が大きくなる。と同時に布を纏っているか不安になるが身につけていない事は無い。それは確認済みだ。
現状、押し戻されてしまっている。これでは劣勢を覆すことは難しいと灰色の肌の悪魔はきっと思っているはずだ。その証拠に眼前の悪魔はは口元に笑みを浮かべている。
しかし、文字が見えていれば関係はない。この状況も覆せる。
叫び、光を確認することも振り返ることもせずに突き進む。
もうバレている隠蔽に意味は無い。それにきっとすぐにどこかでドアが開きサイ男の状態を確認してしまうだろう。
ならば目標めがけてただ、前へ進みシンを助け、ユリを助ける。それだけのはずだ。
シンの文字は一際大きな文字へと近づいていく。多分運んでいる者は女王に判断を委ねているのだ。
きっとユリだ。
あれがユリだ。
今なら見える。
出会えれば、もう声は届く。
道は単純だ。居住スペースのようなこのエリアは推測ではあるが生活環境なだけあって迷路のような構造はしていない。
見上げるともうすでにシンと共に移動していた文字はこちらへと引き返している。
詳しい部屋の位置は分からないもののもし仮に最初の部屋の主ならば、位置からしてサイ男より実力は劣るだろう。が警戒は必要だ。
「走って、登って、どうした?」
速い。
先程まで上の階に居たのにシンがいなくなるだけでスピードが段違いだ。
口撃は相手に当たらなければ意味が無い。
しかしそれは使う時の注意事項だ。今はユリを救うのが第一だ。目の前の悪魔にサイ男の相手をさせれば問題は無い。
嘘も方便。
「あの! しゅっ、襲撃者です。下の皆はやられてます。私は何とか逃してもらって援軍を! 頼まれて」
「わかった!」
ヒゲまで生やしたネコ科のヒトに似た、ヒトよりももっと動物らしい見た目をした悪魔はそれだけ聞くと風のように眼前を去った。
あわや布が飛ばされるかと思ったがそんな事はなく、階下から、
「ひ、ヒト!? オイ! しっかりしろ! お前がやられたのか!?」
といった叫び声が聞こえてくる。
ラッキーだ。
サイ男はヒト化したのが相当ショックらしい。
ネコ科男の調査のスキに登る登る。
道の先には大扉。
そして、人影。
「そこをどいてください。ユリ様に伝えるべき事があります」
ローズの言葉を聞かず、
「ワシはチャスチャ。ユリ様の執事と言えば伝わりますかな?」
「そうですか、でもどいてください。どかないなら強行突破します」
「まあ、焦らないでください。シン君ならまだ、無事です」
「私とシンさんに何か関係が?」
「ええ、あなたはユリ様のご友人でしょう?」
全てを見透かしたような目でチャスチャはローズを見つめた。
「な、それが何か?」
動揺は悟られないように平静を装い答える。
「いえ、わかりますよ。残念な気持ちは同じです」
「私は今はチャスチャさんと話している暇は無いんです」
バカにしているのだろうか。今直ぐに感情に任せて叫び出したい衝動を抑えて会話は続く。
「隠さなくていいですよ。あなたとは別の角度からユリ様を見てきたから、ただそれだけです」
「別の?」
答えてしまってから相手の言葉を肯定していると気づくがもう遅い。チャスチャは目論見が達したかのように満足げだ。
「ええ、ユリ様は今何らかの理由で優しさと残酷さを抱えています」
ほとんど雲の上に行ってからのユリを知らなかったローズには衝撃だった。
一体何があったというのか。いや、何も無かった訳がない。ユリ本人が望んで悪魔の女王になった訳では無いのだろう。しかし、その重圧が理由ということでもあるまい。それにしては期間が短すぎるように思う。
まさか、と、これも全て紫に光輝く球の影響かと思い至る。
「…………そうですか……」
「ええ、できる限りの負担軽減に努めてきたつもりですが効果は出ませんでした」
残念そうな、老人のような見た目のチャスチャを前にしてどうしたものかと思ってしまう。
しかし、このままではネコ科男が追いついてきてしまうかもしれない。
執事の話すユリの話は聞いていたい気もするがここはぐっと我慢する。
それを察したようにチャスチャは頷き、道の端に寄った。
「シン君の処罰ももうすぐでしょうから」
「いいんですか? ええ、私はあくまでも執事。足止め係ではありません」
チャスチャの言葉に頷き返し大扉の前に立つ。
掌に力を込めて目一杯押すと「ガコン」と1つ大きな音を立ててスルスルと滑らかに開いた。
「ユリ!?」
「誰!? 何でここに? 新入りの入室許可などもらってな……」
少し進み出て中へと入ると扉は自動的に閉まり外とは隔絶された空間となる。
一体何に対してユリが絶句したのかは知る術は無い。
ローズに気づいたのか床に寝そべっていた黒い物体もヌクっと立ち上がると、
「俺っちもびっくりだよ」
黒い包帯頭はそう口に出した。
心配させられたがシンはたぬき寝入りのプロだった事を思い出しホッとする。
しかし、そう長く気を緩めているわけにもいかない。
とうとう目の前に宿敵であり友であるユリが翼を広げて広い室内を飛んでいるのだ。
見えている。
やはり大きな大きな文字がユリの前に突き出ている。
ピリピリとする空気の中で目指してきた所まで来た事を悟った。
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