第38話 先の世界

 しかし、少しずつだが視界の文字量は多くなって来ている。

「フーフー」

 と自然と息が切れる。

「大丈夫か?」

「うん」

 シンに心配をかける程によそから見ても異変に気づける程らしい。今は油断でも呼吸が浅くなる。

 スライムの体を過信すらなら呼吸ができなくなろうが特に問題は無いのだろうが、精神的にはそういう訳にはいかない。

 気分的にヒトとして耐えられない状態はどこまで肉体に影響が出るか実験などしている暇は無い。

 そう、それに、倒れている場合ではない。

「コッチだ」

 シンの案内のおかげで初めての城内もテンポ良く進むことができているが、使う量が増えたからか口撃魔法に負担を感じている。肺活量は喋りの問題か。

 いや、きっとこれは口撃魔法の負担ではない。

 理由はさっきから分かっている。

 文字量、もっと言えば情報量。

 視界を文字が埋め尽くす感覚。

 目を開けている限り休まることの無い視界に吐き気さえをもよおす。

 自然とシンに手を引かれゆっくりと廊下を横断する。これではまるで酔っているようだ。情報酔いか。

「入るぞ」

 シンの言葉で現実へと意識を引き戻し精一杯の声量で返事をする。

「…………うん……」

「大丈夫か?」

「うん!」

 心配かけまいと笑顔を作ってシンを見る。

 包帯男が頷くとドアが開き中へと侵入。手際良く押さえつけて口撃魔法の使用。

 この工程自体はもう慣れたものだ。

 少しシンが力で負けようと関係ない。

 スピードがあれば不意打ちであることも味方して失敗していない。

「部屋は新入りから順番に位が高く、力が強くなる。正門に戦力が集中していようと全員が好戦的な訳じゃない。つまり残ってる奴は弱い」

 シンは言っていた。

「それなら数打ちゃ勝てるはずだ。レベルアップも目前だ」

 励ますように珍しく言葉に熱が感じられた。



 ローズがウカウに連れられた部屋を最弱とすると今の部屋がこの階の端。

 つまり、この階では最強の相手だった訳だ。

 さらに、ふっと文字量も大きくなる。

 これは推測だが相手の強さによっても口撃魔法の強化はスピードが変わるのではないか。

 今の現象がまさしくそれを示している。と、思う。

「休憩も兼ねて待っててくれ、ここからは力の壁の先。俺っちも念を押して調べる」

 力の壁。それはシンたち悪魔の中でも決定的に差の生まれる階層の違い。まだ先を知らないローズには推し量る術は無いが、シンの話では、

「こういうのを、月とスッポン。って言うんだろ?」

 と言っていた。

「……分かった……」

 シンの気づかいをありがたく受け取り新入りの部屋より豪華なベッドへと体を沈める。

「…………ハァ……ハァ……」

 油断すると息が切れる。

 今までのスローペースなら慣れることで気づいてすらいなかったできごとに対して体が悲鳴をあげている。

 シンの文字も、まだ一階分攻略しただけだというのに壁越し、床越しにも確認できる。

「俺っちが戻って来なかったら、ローズの判断で行動してくれ」

 と半ば押しつけるように言っていた3部屋目を思い出す。

 シンが居なければ数の暴力で負けが決まる。

 そんな事は子どもでも分かる。

 物理戦闘経験に関してはゼロのローズがここから先を1人で進む事ができるのか? いや、それこそ杞憂というものだ。諦めるという選択肢は今の自分には残されていないのだから。

 口撃魔法は声による口撃であるから前方向、一直線にしか意味が無い。廊下でも1人分の通路なら問題無いが、悪魔は目にしてきた限りヒトより背丈が高く筋肉質である。

 その事実さえ知っていればヒト1人分の通路など、用意するだけムダになる事は部外者でも察する事はできる。

 ある程度頭が整理されたことを認識して再び視線を頭上へ向ける。すると先の事態におもわず二度見してしまった。

 シンの文字がドンドンと先行して行くのだ。

 部屋に誰も居なかったのか。いや、それは無い。1部屋目をじっくり見てからドンドンと部屋を飛ばすなど理屈で説明できない。

 それだけでなく居なければ戻って報告があるだろう。

 ローズはシンに今の視界状況は話していない。

 なら何故か。答えは明確だ。

 隣の文字もまた同じスピードで進んでいる。

 シンがつかまってしまったのだ。

 力の壁の先の存在がシンの力を上回っていた。もしくは相性が悪かった? そんな自問自答も意味をなさないと外へと放る。

 シンに少しの文字の動きも無いことから身動きも取っていないのだ。

 今から追って口撃魔法を使うべきか。いや、それでは普通に声で周りにバレてしまう。

 なら、ここから使うか。しかし、いくら遠くからでも文字が分かろうと声量は上がらない。さすがにこの部屋からは口撃は届かない。

 ならば行かない訳には行かない。

 シンには申し訳無いが話が正しければこの上はユリのねぐら。彼を抱えた悪魔が向かう先はユリの居場所。なら後ろからついていきついた先で襲えばいい。

 決まってからは速かった。

 咄嗟に部屋を抜け出すと眼前の階段を駆け上がる。

 思った通り、移動スピードは圧倒的にシンを抱える者のが速い。ローズの足では追いつく時にはもうすでに手遅れとなる可能性すらある。そこはシンを信じるのみだ。

 でも、できないかも。

 だが、それがどうしたと言うのだ?

 できないかもしれない。それは辞める理由? いや諦める理由ではない。

「何故ここに知らん奴が?」

 扉が開きニュッと出てきたのはシンの言っていた力の壁を超えた強敵。

 できる限りの穏便さは保ちたい。

「し、新入りです。み、道に迷っちゃって」

 できる限りの下っ端感でこの場を取り繕うべく動く。

「ハッ! そうか」

 サイのような見た目の悪魔はオーバーに腕を広げつつも明るく笑った。

 その態度に安心した。

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