第36話 危険はすぐ隣

 部屋に入れば傍目を避けて一段落できるだろうと新入り用にしては立派な雰囲気のノブに手をかけ中へと入った。

 しかし、豪奢なのはドアの見た目だけで中はベッドともう一部屋。多分浴室、くらいの最低限の生活空間があるのみだった。

「何とかここまでは無事にこれたな」

 声を出しつつ姿を表した包帯まみれの悪魔は口に笑みを浮かべていた。

「石、仕掛けたのシンでしょ」

 早速ヒヤヒヤさせられた出来事を追及した。

「おうとも、あんなに言われりゃやってくださいってって言ってるようなもんだろ?」

「あのねぇそれでバレたらどうするつもりだったの?」

 それでも、そんなのどこ吹く風というように、

「そん時はそん時さ」

「はあ」

 一体全体こんなのでよく諜報係なるものが任されていたな、と思わずにはいられない。

 しかし、ドロンと消えてしまえば見えなくなるのだ。性格では無く能力を買われたのならと納得する。

 ふと、ベッドに座ってみると思ったよりも固すぎず、新入り用にしてはいいのでは? と思ってしまった。

 それが表情に出てたのかシンは笑いながら、

「はは、じゃウカウ君をどうにかこの部屋に呼び戻しに行ってくるよ」

「……よろしく」

 若干の不安をにじませつつ横になりつう被せられた邪魔な物を取っ払う。

「ちょ! 何! 急に脱いでるの!」

「え、邪魔だから。それにここ、暑くない?」

「それは城だし、一応ロウソクが明かりになってるから、そうかもだけど……」

 急にモゴモゴしだしたシンに対してニヤニヤ笑いが込み上げてきた。なんとかおちょくってやりたい気持ちが湧き出てくるがこれ以上何かしていては、石の件で追及した癖に! という事で面倒になりそうなので辞める。

 あくまでも大人な態度で、

「わかってる。ドアが開いたら直ぐに着るから」

「それで間に合うかな…………?」

 ブツブツ文句を言いつつ未だ出ようとしない包帯男はドアの前で何やら言いたげだ。

「石置いたの誰だっけな〜?」

「わかった。わかった」

 そう言うや、ハー、と長いため息を吐き出しノブに手をかけようとした瞬間。

「あー分かる。とても分かるよ」

 目を瞑り気持ち良さそうに話しながら赤いシルエットが入ってきた。

 目を閉じているにも関わらず器用にシンをよけると、

「俺も新入りの時は新しい環境に慣れなくて不安で不安で独り言が多くなったから、独り言って意外と気持ちがラクになるよな」

 と言葉を続けて部屋の真ん中でピッタリも止まった。

 ベッドを向き、

「でも話した方がいいぜ! そして良ければ話を聞くぜ!」

 ウカウはカッと目を開いた。

「…………え?」

「え?」

 3人は場の空気が凍るのを感じ取った。

 マズイマズイマズイ。その3文字だけが頭の中で回転している間もシンだけは冷静だった。

 他2人が固まっている間もドアを閉めウカウの背後に回り込んだ。そのうえで身動きが取れないように馬乗りになり攻撃手段たる槍を遠くへと放った。

「オイ! ヒト! ヒトじゃねぇかなんで? それにあんた! シン! シンだろ?」

「うるさいな、これだから下っ端は嫌いなんだ。ローズちゃん。サッサと」

 赤い牛さんことウカウは状況が掴めていない。そんな状況で騙し討ちのような事をするのにいくらか忌避感を抱いている自分がいる。

「早く!」

「…………!」

 分かっている。分かっている。早くしないと見た目からして力の弱そうなシンはいくら下っ端とはいえウカウにやられてしまう事くらい分かっている。

 だがヒトだと知らなかったとしても親しく説明をして、そのうえに寂しさを和らげようと話し相手になるためにここに来てくれたのだ。

 ごめんなさい。

 その言葉を最後に、自分の心と踏ん切りをつけたローズは、

「ヒトになぁれ!」

 と声を出し、ウカウにだけに文字を当てた。

 途端ウカウを白光が包む。

 言葉は正常に機能しウカウをヒトへと変える。

「ど、どういう事だ? 声が、体が、一体なに…………」

 言葉はそこで途切れた。

 シンが手刀を当てただけでウカウは気絶したらしかった。

「ローズちゃん。油断は禁物だよ。たとえイイヤツだと思っても、今は」

 いつもと違う低く抑えられた声に緊張したが、

「分かってる。次は容赦しない」

 シンに対してビビった訳では無い。

「なら、良かった」

 笑顔と共に雰囲気や空気までもがいつものシンに戻ったのを感じた。

 石でちょっとしたイタズラをするような幼稚さがありつつも本職ではそんな様子をみじんも見せなかった。

 改めてシンは悪魔なんだ。という事を思い返すきっかけにもなった。

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