第35話 ウォークする廊下を
それからは、すぐには読み込むのが難しいだろうから、と牛さんを先頭にしてまた長々と歩いた。
最初からテキトーに歩かず、ついて行くという選択をしていれば無駄な緊張を抱く必要も無かったのではないか? などと考えるも全て後の祭りである。
「いやーまあ、タイミングが悪かったんだろうな」
「何がですか?」
「ああ、城外からここに来たんなら知らなくてもおかしくないか、まあ、今ここじゃ色々とあるんだよ」
ウカウは前を見て歩きながら声を出した。
「具体的に何があるんですか?」
せっかくの情報取得のチャンスを逃せばあとでシンから何を言われるかわかったものでは無い。もちろん理由はそれだけで無くローズ自身の好奇心も多少あるが見た目からそれらしき事専門と分かる者が近くに居てどうして聞かないという選択ができようか。いや、できない。
「そりゃあもう。言わずとしれたムリドさんがトップから落ちたり」
「ほう」
「その上ムリドが地上へと行ってしまったり」
「はいはい」
「あとは頭の良いムイさんまで地上に行っちゃうし」
「そんなことが」
「まあ、そのせいで正門が臨戦態勢で俺たちみたいなのが行ったら、集中を乱すなぁ! とかなんとか言われてズタズタにやられるような緊張状態なんだよ」
「そういうことなんですね」
「おうともさ、まあ、それもユリさんが来てからなんだけどな……」
「なるほど」
だいたい予想していた結末に少々のがっかり感をいだきつつもどこか決着という終わりじゃないことにいくらかの疑問も浮かぶ、
「他にも何か?」
「あ、いや、そこでシンさんって言う暗殺者兼諜報係の奴がいるんだがどうも説得されたんじゃないかって噂になってて」
「え?」
「いや俺もおかしいも思うよ諜報だぜ? まあ、ムイさんとユリさんの話を盗み聞きしてた奴の流したただの噂話だけどな。ヘッポコシン物語なんてな」
ハハハと牛さんは笑ったものの本人がまさかすぐそばに居て聞いていようとは思いもしないからこそできることだろう。
しかし、そこまでバレていたとは、ムイというのはシンの言うとおりで頭がいいと言う事になるのだろう。
「あっぶね。アレー? こんなとこに石何てあったか? あやうくコケるところだったぜ」
ひとしきり笑うと前方不注意からか牛さんは石につまずいた。
「危ないですね」
「こりゃ掃除係に言っとかないとな」
心当たりはありつつも口に出す事はできず申しわけ無さと子どもっぽさとに呆れることしかできなかった。
それからも長い廊下を歩いた。
新入りの部屋にはまだ着かない。しかし、牛さんが前を歩いてくれているだけで1人で無限とも思える通路を歩くことよりいくらもラクだった。
シンも案内役が居るということを教えてくれれば良いものなのに、などと、もうどうにもならない事ばかり考えている自分の思考を頭をブンブンと振って追い払う。
「着いたぜ」
思考に浸っていたせいであわや牛さんに激突しそうになってから声のおかげで止まることができる。
「ありがとうございました」
「いや、いいって事よ。ま、何かあったら聞いてくれや。ちなみに何か質問はあるか?」
という定型文的な言葉を述べる牛さんにいつも返答に困るんだよなぁと思いつつも現在の思い浮かんでいた率直な疑問をぶつける事にした。
「お名前は何て言うんですか?」
「……俺の?」
少しばかり周囲をうかがってからの言葉だった。
「はい」
驚いたように目を丸くし人差し指で自分を差す仕草にコクコクと頷き対応する。
質問を促してきた側もある程度のパターンで答えているのか何を言おうかの逡巡を巡らせた様子から、よし、と言うと決心をつけたように、
「そうか、名乗ってなかったか」
「聞いてないかなと」
「俺はウカウだ」
「ウカウさん。ありがとうございました」
「いや、いいって事よ。ま、また会ったらな」
「はい!」
廊下を共に歩いているときは精神的安心感があったものの1人になってみて自分はユリを元に戻すために侵入したのだという緊張感に体が強張った。
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