第34話 どこにでもきっと居るやつ

「お、オイッ!」

 という眼前の細男の突然の注意にローズは体を「ビクッ」も震わせてしまう。

 おそるおそる、

「……何でしょう?」

 と尋ねる。

「ちょっ、そんなに見られると恥ずかしいぜ!」

 あぁ、良かった。ヒトだとバレて無かったと心の中で安心をする。

 とそこでローズはジロジロと牛さんを見ていたことを自覚した。が長大な二又の槍と共にポーズをとっている姿を見た。どうやらまんざらでもないようだ。

 ポーズは取りつつ、

「まあ! 手続きにミスがあっても! 正門でなく新入り用の門から入ってこれたってのが! 大事だな! 今は特に!」

「何かあったんですか?」

「まあ! 下っ端の俺にゃ! わからん! が強い奴がウジャウジャと向かったと聞いた! 今少しでも! 逆鱗に触れたら! もうどうなってたかわからん!」

 シンの案内で来てよかった。そして、正門で無いということがどれだけローズの安全を決めていたのかを目の当たりにし内心安堵していた。

「ホッとしているようだが俺もだ! 今は道も間違えられねぇ、お!」

 と未だ名乗らない牛さんは槍と共にしていたポージングを辞めると思い出したように声を上げた。

 少し上からの目線で、

「地図持ってるよな?」

 と言った。

 そんな物は無い! とは言えん。

「まあ、いいさ、部屋まで案内するからそれまでに見つけてくれれば」

「は、はい」

 直ぐに出す必要が無くなりホッとしたのも束の間、

「オイ! そっちは正門だ! さっき危ないって言ったばかりだろう? もしかして地図…………」

 牛さんは鋭い睨みというよりも目が悪い人がと奥を見ようとするように目を凝らすようにローズを見つめた。背後に何かが? と思い振り返った先には何も無い。

 冷や汗が流れる思いの中でシンに語りかけるわけにも、テキトーな言いわけを並べるわけにもいかず、アレー? アレレー? と体中をまさぐる。

 しかし、元から持っていない物をいくら探したところで見つかるはずも無い。

 新入りの手続きについては助言してくれたシンも見えぬまま何も語ってくれない。バレるからか、見放しているのか区別がつかぬまま、もうやけだと、

「忘れちゃいました〜テヘ」

 と精一杯の可愛げを振りまき、先程のアドバイスでのキャラを生かして対応した。

「…………」

 沈黙。

 まずかったのか、もう終わりか、そう自問するも、

「フスス、フスス」

 と空気が漏れ出るような音を聞き、まさか偽物が正門へやって来て城が壊れるような戦いを繰り広げ始めたのか? と警戒したときに、

「だっははははは!」

 とまるでダムが決壊したように床に横になって大声出して笑い転げ始めた牛さんにいったい何が起こっているのかを計りかねていたローズだったが、

「まさか、こんなにも俺の時と同じような奴が来るなんてな! 面白いもんだぜ……」

 未だヒーヒー息を切らして笑いの残りをどうにか振り払おうとする牛さんに、どうやら何かミスをしたわけでは無い事を理解し胸をなでおろす。

 再び、おそるおそると、

「ど、どういうことですか?」

 と声に出す。

「いや、俺も手続きがうまくいってなくてな、それに地図も忘れちまって、そん時の案内役にはもうさんざん叱られたが、それもあって俺が案内役になったら同じ状況でも対応してやる! って意気込んでたんだよ」

「なるほど」

「まさか、初で遭遇するとは、ホラよ」

 そう言って笑顔の青年が投げたのは丸められた紙、

「広げてみな」

 牛さんの言葉に頷きつつ丸まった紙を広げるとそこには文章は無く整えられた図があった。

 枚数は1枚。しかし、不思議なことに端にある矢印を触ると図の形が変わっていった。

「ソイツはお前のもんだ」

「いいんですか?」

「言ったろう。俺みたいな奴にも対応するって」

 どこにでもイイヤツは居るものだなと心に響くものを感じ、

「ありがとうございます!」

 と素直に頭を下げた。

「お、オウ。まあ、なんだ。あれだ。俺がやりたくてやってることだから気にすんな」

 照れ隠しなのか視線を宙に漂わせ頭をかく牛さんを見て、なんだか騙している事が申しわけ無く感じられるがそうと言ってもいられない。

 ユリを救った先でも牛さんがイイヤツであることを祈ろうと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る