第32話 この状況の覚悟は?

 それからも何を言っても飽き足らず云々かんぬんと言葉を並べ始めたシンに対して、ああ、1番気にしてたのはシンだったのかぁ、と思い黙って頷きつつシンの話を聞いてあげたローズだった。



「さて、それで変装についてはだいぶ分かったかな?」

「まあ、だいたい」

 と言いつつ苦笑いを浮かべたところでいったいシンには表情の変化がどう見えているのか? と思ったところで思考を積止める。

 もう今の自分の姿を見るのは御免だ。

「じゃあ」

 と言って「オホン」と咳払いすると改まったように真剣な表情に変わったシンはローズを見つめた。

 変装開始時に言いわけを並べ立てている間の全く目を合わせようとしない態度は一変して今度は目を逸らす意思が感じれなかった。

「この城にヒトは居ない。いや、正確にはユリが居るが今はユリも悪魔と考えたほうが良いだろう」

「うん」

「だから、気を抜くな」

「え、それだけ?」

「え、そうだけど……え?」

「え?」

 思った以上に中身の薄い警告を前にローズは拍子抜けしてしまった。

「それよりも、こんなに長くここにいて良かったの?」

「ああ、大丈夫さ。そのことはむしろこうして話している内に変装しているということ自体忘れてくれちゃった方がよっぽどいい」

 シンと会話している間中、見た目に関して気にしたことはあったものの動きにくさといったいつもとの差異に関して違和感を抱いていなかった。

「そっか」

「そうさ、慣れないで急いで入るもんじゃない。俺っちたちは力を過信してヒト以上に危機意識が低いから」

「なるほど」

 ヒトを低く見られていることを示す言葉だったがなめられているならその事実を利用しない手は無いのは確かだ。それに、力を持つことで対策への意識が薄くなることは生活の中でも小さく表れている気がして終わったら見直そうとも思った。

「ただ知っていて欲しい」

「何?」

「もうバレてる」

「でしょうね」

「やっぱり? でも、本当かはわかんない。そういう気持ちで挑んで欲しいって事だ」

「うん」

「でも、油断を衝けるのは力をなめられている間。それも意識して欲しい」

「分かった」

 それから更に長々と注意事項をシンが述べてから、

「まずは新入りの部屋を目指す」

 と言った。

「そんなのあるの?」

「ああ、俺っちたちは力によって位分けをされていて新入りは新入り用の部屋って決まってるんだ。今は位自体は取払われたけど、まだ部屋はそのままだから、特別怪しいことをしなければ大丈夫」

「なるほど。了解」

 とやっと述べられた作戦の第1段階の難易度に安堵しつつ、

「え? ちょっと待って」

「何?」

「新入りってことだけど、シンは?」

「俺っちはドロンと隠れてるから」

 という説明でローズは実質単独行動かという思いを胸に刻みつけた。本当に聞きたかったのはシンの位についてだがそれはまた聞くことができればという事とする。

「それじゃ、1対1の状況にできれば今の俺っちでもなんとかなるから」

「1対1の状況を作るのね?」

「そうだ。ただそれも悪魔のままでは相手によっては苦しい。から、口撃魔法の強化はそこで行う」

「なるほど」

 手負いのシンとただのローズによる慎重に慎重を重ねた作戦と分かった。

「辛抱が必要になる。それでも大丈夫か?」

「あったりまえじゃん!」

 強く拳を握りローズは答えた。

 それ以上にローズにはシンプルに逃げるという選択肢が無い。シンが登っていた不可視の階段に触れることができないローズには、もうあと戻りするという選択肢を城を前にして失くしているのだ。

 物理的に辛抱云々の精神論の前に決定事項なのだ。

 それでも幾ばくかの期待を持ち、

「ちょっと待ってて」

 とだけシンに告げると、そこで初めてうごめく黒い物体の上へ上がってきたのだという実感があった。

 下は闇に包まれている事無く透明で地上に居るであろうデスたちの姿を見ることはおろか校舎の跡さえよく見えないほど地上との距離を実感した。

 指の先から少しずつ体が冷えた気がしてからシンの所まで戻る。

「何してたんだ?」

「逃げられない事を言い聞かせてた」

 謎の浮力で浮く島の端で地上を見た。

 不思議なことしてるなといった顔をローズに向けるもそれぞれの気持ちの作り方を尊重したのかシンは罵倒や軽蔑、茶化すような真似をしなかった。

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