第27話 ヒントと城
「ううん」
ローズは首を横に振った。
「どうしてだ? まだなのか?」
シンは尋ねた。
「うん。影に包まれていたサクラの文字が見えなかったんだよ? 今のまま行ったってきっと敵わないよ」
「そうだな。まだ最終決戦の準備は整っていない」
アルデンテスは言った。
「本の中ばかり気にしているが今はこれしかヒントが無いようなものだ。そんな中では本を使わない手は無い。まだ、待ってくれ」
「……わかった」
シンは言い深く頷いた。
ローズにも悠長にしていられる時間があるとは思っていなかった。
しかし、力不足で焦ってどうにかなるなどとも思っていなかった。
さらに、ほぼ唯一のヒントとなっているモンクの本もそれを示しているようなのだ。
「機はまだ熟していませんもんね。とモンクも言っただろう」
とわかっている様子のアルデンテスはそう付け加えた。
今はその言葉を信じて機をうかがうべき時なのだ。ローズはそう思いうごめく黒い物体を見上げた。
「何も見えない!?」
「もう終わってるわ」
「一体なんでヤンス?」
「こんなの聞いてないよ?」
「だから、目を閉じとけって言ったのに」
「「「言ってない!」」」
「はあ……まあいいわ。どうもリーマーとは違って体が小さくなるようなことはないみたいね。でも、いったい何してたのかしら?」
「知らない! だから戻るぞ! 気は済んだだろ?」
「嫌って言ってるでしょ?」
「何でわからないんだ……」
「それはこっちのセリフよ」
「お願い。どうか、お願い」
「…………」
「なんでしょうか?」
ムイは初めて入った王の間に緊張を帯びた声を出してしまったことが自分でもわかっていた。
「いえ、そろそろあなたにもお願いしようと思って」
その言葉でとうとう自分の番が回ってきてしまったのかと心の中で嘆いた。
「わかりました。しかし、よろしいのですか?」
そんな、少しばかりの抵抗も、
「それ以上は意見とみなしますぞ」
というチャスチャの言葉で諦めた。
厳しい目つき、低い声でチャスチャはムイを威嚇した。力で負けるつもりのないムイだがここで争いを起こすほど野蛮では無かった。
もし仮に……と考えて思考を止め、
「すみません。何でもありません」
と口にした。
「チャスチャ、私のことはいいから」
「……わかりました」
何やら考えたようにしてからチャスチャは数歩下がった。
「別に考えがあるなら言って?」
「しかし……」
「いいの、わかった?」
「……は」
「それで?」
城内がすぐに静かになったのもムイには納得だった。
悪魔のまとめ役だったチャスチャがまるで使いっパシリのような役割を担っていては他もそれに倣うのも当然というものだろう。
「それでは1つだけ」
と前置きして、
「シンは悪魔の身でありながらローズという者たちについているようです」
と言った。
「何故そのようなことを!」
「チャスチャ!」
「すみません」
チャスチャの様子は城内で1番変化が激しい。しかし、その理由をムイは知らない。
「そうなのね?」
「はい」
ムイとしては発覚からすぐに報告すべきと思っていたが、何せ情報伝達手段が整っていない城内ではユイから他への一方通行でしかなくムイを始めとした悪魔たちの間、また、ユイへの情報は何かの機会に直接会って伝える必要があるのだ。
「ムイの支持で送りり出した他の子たちもやられてしまってるし」
「は、そうでございます。ムイ、お前の実力でふさわしい者が分からないはずがないはずだが?」
「すみません」
ここでも無駄な争いを避け、ムイは頭を下げた。
ドアイラトやムリドたちをローズたちのもとへけしかけることを提案したのはムイだ。
力の1番がムリドなら、頭脳の1番がムイだったのだ。
そのことでチャスチャから誰を地上へ向かわすべきかと聞かれたことがことの発端だった。
ムイは最初、実力で判断し問題を解決できる者を選出しようと素直に考えた。しかし、これを好機と捉えたムイは実力で判断しなかった。
「まずは、ドアイラトがいいでしょう」
「わかった」
それがムイの最初の回答だった。
ムイは力によって序列が決まっていた悪魔の世界に疑問を抱いていた。
ムイは頭脳で1番ということと名が知られているだけで特別な存在では無かった。
それにひきかえ力があるだけで評価されていたムリドたちをどうにかして蹴落せないかと考えていた。が、彼らは肉弾戦でしか序列を入れ替えなかった。
何があろうと、たとえ毒が使えようと、眠らせることができようと、嘘がわかろうと、他者を使役できようとそんなものは何にもならなかった。
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