第8話 別れ

 アルデンテスがどうなったのかはわからない。それにサクラやモンクが今も無事かもわからないが、それでもローズは生きている。ローズは、皆も生きていることを祈った。

「しっかり、祈ってるか?」

「祈ってるよ」



 クッスとの話のあとギルとまた、話す機会があった。

 そのときはよくわからないカタカナばかりの言葉に四苦八苦したものだが悪いヒトではないことはよくわかった。



 今は一日一度の祈りの時間ということらしくアジトに居る全員で石像に祈りを捧げている。

 しかし、祈りは届かなかった。

「やっと、追いついた!」

 その声はギルと出会ったときに聞いたものだった。

「クソ! もうバレたのか」

「ギル、どうするの?」

「新入りに任せるわけにはいかない」

「でも」

「いいか、女の子なんだ。ムリはするな。それに裏口への通路は教えたよな?」

「うん……」

 カナカナ言葉の中でわかっていないことを見かねたギルが実際に案内してくれたためローズは裏口を理解していた。

「声が聞こえてくるぜぇ!」

「もう間に合わない。行くんだ!」

「でも」

「大丈夫だよ。オイラたちなら」

 クッスの言葉のあとに侵入者の影が見えた。

 他にも何か見えた気がしたがローズは目をつぶり裏口めがけて走った。

 別れがこんなに早いとはローズは思っていなかった。

 しかし、すぐに追ってこなかったことで援軍なり、何なりを呼んで来ている可能性もある。

 が、肉体はスライムとはいえまだ慣れず、すぐに足手まといであることがバレるはずだ。

「ごめん。ごめん」

 1人でそう口に出して、ローズは逃げることしかできなかった。



 いっときでもラクさに浸っていた。

 その油断が過ちだった。

 ローズにかまっていなかったらばギルたちは危険な目に合わずにすんだかもしれない。ローズはそんな後悔の念にかられていた。

 裏口から出ると、そこはギルと出会った場所のすぐ近くだった。

 ちょうど、ギルが裏口から出たときにローズは警察に迫られていたのだろう。地獄耳は本当に本当らしい。とローズは思った。

 短い間だったがたくさんの勇気をもらった。

 本当に面倒見がよく不思議な言葉を使ってでも状況説明を徹底しようとし不安を消すようにしてくれた。

 ヒトが何に不安を感じるのかを知っているヒトだった。

 ローズはギルたちという新たな友と切り離された。



 ギルは金持ちの生まれだった。

 何もかもが整えられ揃えられていた生活だった。

 しかし、ギルは一番を取ることができなかった。

 優秀な親、優秀な親戚、優秀な同級生に囲まれて一番を取れなかったギルはだからこそ全てが整えられていると思い込んだ。

 期待されなくなったことと同義だと判断した。

 それだけでなく過保護な両親との距離が苦しかった。

 守られ失敗寸前で止められる自由のなさが悔しくもあった。

 原因はギル自身が一度も一番を取れなかったからだと思っていたからだ。



「じゃあ、またな」

「……」

「泣くなよ」

「でも、でも……」

「これ、受け取ってくれ」

「何? これ」

「俺の大切なマンガ。俺のこと忘れないように」

「そんな! 受け取れないよ」

「俺のこと、忘れてもいいってことか?」

「そういうわけじゃ」

「冗談だよ。じゃ、また」

「えっ? え、え、またね!」

「また、会えたら返してくれればいいから!」

「うん!」

 それがギルの転機だった。

 引っ越した友だちのゼルからもらったマンガがギルに変化をもたらした。

 親との関係、自分の能力。全てが自分の決めつけのように思えた。

 敵ではない。と思うだけでギルは少しずつ変わっていった。意識や認識が変わるだけでギルは自由になっていった。

 しかし、周囲からは子どもっぽい。そう思われていた。それもギルには関係のないことだった。



「オッス、スロス」

「やあ、ギルくん」

 変わっていったギルのもとには次第に友だちも集まってきた。

 似たようなヒトが集まった。

 皆、何かでヒーローに出会い。ヒーローのおかげで今までやってくることができたヒトたちだ。

「最新話見た?」

「見た見た。やっぱり最高だよ」

「よかった」

「どうしたんだよ急に」

「ギルくんと友だちでよかった」

「あったりまえだろ?」

「遅れたッス」

「遅いぞクッス」

「ごめん」



「言うこと聞かないとどうなるのかわかってるよなぁ!」

「……」

 クッスは何も言えなかった。

「次はないぞ」

 そう吐き捨てて去っていったのはクラスの美男美女集団だった。



「おい。今日はあるよな?」

「ギルはオタクだ」

「そんなん誰もが知ってんだろ!」

「……」

「あんな奴のどこがいいってんだ!」

「……」

「みーんな、ギルくん。ギルくん。って、ふざけんじゃねぇ!」

「そうだ!」



「これは知らせだ!」

 空は赤く染まっていた。

「そうかもねぇ」

「……ギル。オイラ」

「気にするな。悪いのはお前じゃない」

「そうだよ」

「……うぅ」

「泣くなよ」



 勇者団誕生。



「危ない。ギルくん」

「ドスッ」という嫌な音が流れた。



 もう戻れない。

 そう自分に言い聞かせローズはアルデンテス探しを諦めて学校へと戻っていた。

 少しずつ家々のようすにも異変があるなかでやはりアルデンテスはあのときに、という嫌な予感を振り払った。

 今ここで考えても仕方のないことだと思考に区切りをつけ、歩を早めた。

「また会おう」

 最後にギルが発した言葉だった。

 ローズはただその言葉を信じて前に進んだ。

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