第6話 状況転換
再度感覚のある肉体に戻ることができ不思議な感覚を味わう中で不快感もありながら少しづつローズが適応しつつあるところで、
「私もそろそろ気にしてー!」
と叫び声をあげたのは未だドアイラトに追いかけられているサクラだった。
例え常人よりも体力があるとは言え、無尽蔵の体力ではない。
それを忘れてドアイラトの相手を任せっきりにしていたのは申し訳が立たない。
それでも、
「ごめーん! もうちょっとお願い!」
と言わざるを得ない事情があるのだ。
ローズの体が毒に侵されていることはモンクの本の内容からでは明らかにはできない。
しかし、何か変化が見られるか、と言うとそういう訳でもなかった。そのことをどう判断していいのかはわからないが、
「まあ、何故か呼吸はしているしとりあえずは大丈夫じゃない?」
というアルデンテスの言葉で気にしすぎることは辞めていた。
考えても仕方がないことを考えて不安になっていては折角のスライムの体を活かすことはできない。
結論は出た。保留。
「ま、そろそろ交代してあげようよ」
「そうですね」
長い時間を要するかと思われた作戦会議ではすでにローズとアルデンテスは納得していた。
1人そうでないヒトがいた。そのことで未だ事態は前進しないのだ。
「ワタシは嫌ですよ。もう追いかけられたくないです」
「まあ、仕方ないね。オレは追いかけられてないし、男だし、行ってくるよ」
そのとき初めてアルデンテスのかっこいい瞬間を見た気がした。別にキュンとした訳ではないが。
アルデンテスはサクラのところまで走ると何か別の煽りを加えたのかすぐにドアイラトがアルデンテスへと向きを変えた。
「じゃ」
それだけ言い残してアルデンテスは校庭をあとにした。ドアイラトに追われて。
「お疲れ様」
「本当だよ。こんなに走らされると思ってなかった」
ローズの言葉に対してサクラは少し怒っているようにも見えた。そのため、気持ちを別へと移そうとローズは考えた。
「疲れた?」
「全然!」
確かに、サクラの言う通り息を切らしているようすはない。流石の体力だった。
「すごいですね。ワタシなんて少し走っただけで」
モンクはそう言いかけたが、
「それは走り方だよ。走り方を変えるだけで……えーと……」
「モンクです」
「モンクも走れるようになれるよ!」
「本当ですか?」
「本当だって!」
それからサクラは自分がどれだけ走ることが好きかをローズたちが散々な気持ちになるまで話し続けた。
「少しは落ち着いた?」
ローズが言うと、
「え? あ、うん。……いや! 絶対に許せない!」
好きなことについて話している内に落ち着いたかと思ったが、しかしサクラの気持ちは再燃してしまった。
「何かあった?」
「あんの、ジジイ! 僕をその辺の女子と同列扱いして! それで、あのバケモン引っ張ってったんだよ?」
「それは」
「でしょう? 許せない! 今からでも追っかけてやる!」
ローズの話も聞かずに勝手に走り出そうとしたサクラを、
「待って、待って」
とローズはなだめた。
「なにさ」
「今の状態で話し合いはできそうにないから、私が行くよ」
「うーん。そうか、そうだね。もう少し冷静になってから直接は話すよ。任せていい?」
「もちろん! さっきはすっごい任せちゃったから」
「そっか、お願い」
「うん!」
ローズはそうしてアルデンテスの向かった方向を目指した。
「本当に良かったんですか?」
とモンクは言った。
「まあね。ローズは信頼できるから」
サクラは答えた。
「信頼、ですか」
「うん。感情の起伏が激しいときもあったけど、今はユリのおかげでそんな過去も突破したみたいで皆に分け隔てなく優しいし。いい子だよ」
「ユリさんって」と言おうとしてモンクは辞めた。
「どうした?」
「いいえ、ワタシもローズさんのおかげで今を生きているようなものですし、わかるなー、と思っただけです」
「それなら僕も嬉しいよ」
2人はつかの間の平穏を味わっていた。
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