第3話 紫の球

 テレビですら世界中の状況が中継されていてどこもかしこも、目がおかしくなったように赤いのだから、どこへ行ったって世界は赤くて当たり前なのだろうが学校まで行けば少しは状況が変わることをローズは期待していた。

 しかし、そんな幻想は着いた瞬間に打ち砕かれた。

 どこへ行っても視界は、世界は、赤いままだった。

 だからといって、何も行動を起こさないわけにはいかなかった。

 自分のしでかしたことは自分でケリをつける。その機会を得られたのだから逃すわけにはいかない。

 校門近くの草むらからすぐさま紫に光り輝く球を見つけ出すや思いっきり、

「えりゃーーッ!」

 と蹴っ飛ばした。

 パキッ、と割れたような音を響かせて紫に光り輝く球は輝きを失い粉々に砕け散った。

「よし」

 ローズは安堵の声を漏らしていた。

 ローズはあくまでアルデンテスの話を信じたフリをしただけで言われたとおりにするつもりはなかったのだ。そして、校庭の砂を踏みしめて紫の球だった物へと近づく。

 それでも、何でもないただのゴミになったはずの破片から警戒を解くことができなかった。

 ゆっくり、ゆっくりと近づいて覗き込むように破片を見た時、

「あぶない!」

 と校門の方角から誰かが叫んだ。

「えっ?」と、とっさに振り向いたのが正解だった。破片から紫の光が天へと一直線に伸び上がったのだ。

「よかった」

 警告してくれたヒトは安心したように言った。

「どうしてわかったんですか?」

 ローズは言った。

「いや、私はたまたまその紫の物についての本を読んでいただけですよ」

「本?」

「ええ、それもフィクションです。しかし、今の状況は何が起きてもおかしくなかった。そう考えればフィクションだろうがなんだろうが役に立つかもしれないじゃないですか」

「は、はぁ」

 ローズに理解はできなかったが助けてもらったことは事実だった。

「ありがとうございました」

「いえいえ、ところでお名前は? 私はモンクと言います」

「ローズです。これ、危ないんですか?」

「そりゃあもう」

 と言って、モンクは親指大の石を光に投げ入れた。すると石は蒸発したように消えてなくなってしまった。

「やっぱり」

 とモンクは納得したようだったがローズはいよいよ事態がわからなくなっていた。

「これ、現実ですよね?」

「もちろん。だからこそ頭が固いと次の瞬間には命はないかもしれません」

 モンクの言葉には説得力があった。今までの常識が通用しない世界で常識に縛られていたら危険だ。と思いローズは生唾を飲み込んだ。

 事がここまで大きくなると一体全体アルデンテスが何者なのか突き止めたくもなるが、

「モンクさん。私はどうしたらいいんですか?」

「わかりません」

「そんな! その本には何も書いていないんですか?」

「書いてあることはあります。ただ、誰の物語かわからない以上下手に助言はできません」

「……それもそうですよね」

 その言葉を最後に広い校庭の中央に置かれた動かすことのできない光の柱を背に2人が学校を出ようとしたその時だった。

「ギャハハハハッハハ!」

 甲高い声とともに何かの接近に気がついた。声の方向を見てみると光の柱とその付近の雲から黒くうごめく何かがあった。具体的な何かを認識する前に、

「ダッハハハハハハハア!」

 と声の影が急速に大きくなった。

「うわっ」

 すんでのところで回避すると再び影は高く舞い上がった。

「一体あれは?」

 ローズの疑問に答えたのはやはりモンクだった。

「あれは、ドアイラトという、悪魔として登場していたものに似ています」

「わかるんですか?」

「笑いながらヒトを襲うという習性が似ているので」

「何かできないんですか?」

「何か、とは?」

「例えば、倒したり、動きを止めたり」

「ドアイラトは作中で一度も倒されませんでした」

「そんなぁ」

 ローズは最初から無敵の相手が出てきたことに絶望した。そして、ヘナヘナとその場に座り込んでしまった。

「何してるんですか?」

「倒せないんじゃあ無理じゃないですかぁ」

「逃げましょう! ドアイラトは今攻撃準備中です! 今ならきっと」

「でも、倒せないんでしょう?」

「いいからッ!」

 ローズはモンクに思い切り引っ張られ無理やり立ち上がらせられてから、手を引かれて走り出した。

 ローズには今の絶望的状況をモンクはどこか楽しんでいるように感じられた。

「ユリ様のご命令だーっハハハハ」

 ローズはその言葉に反射的に反応してしまった。

 モンクはローズが止まったことに気づいていないのか、それだけでなく手が離れたことにも気づいていないのかそのまま走り続けていた。もしかしたら他人を気づかう勇気などほとんどなかったのかもしれない。

「スキありー!」

 ドスッ、という鈍い音と共にローズの体は地面に打ち付けられた。

「カハッ」

 視界はドアイラトという謎の生物しか映っていなかった。

「……ユリを……知って……いるの?」

「お、お前、何たる無礼をッ! ユリ様に様をつけぬなどありえないッ!」

 急激に体の痛みが増した。

「ああっ! ……何、何で……?」

「お前は生かしておけん。ユリ様のご命令だからだ」

「……ユ……リ……」

 ローズの意識はそこで途絶えた。


 ドアイラトは目の前のヒトが息を止めたのを確認した。

 それを死と判断し、見られてしまったがためにもう1人のヒトめがけて飛び立った。

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