第3話 柄の魔法少女

 これは僕が鎖に引っ張られて、空中に浮いてから落ちるまでに起きた出来事です。


 まず、僕が放物線を描き上昇し始めた頃、オブシディアンのいる壁の後ろからスゴイ音が聞こえてきました。例えるなら、百メートル以上の高さからアスファルトの地面にボーリングの玉を落としたような、そんな大きな音でした。

 音におどろき目を向けた僕の視界に、壁だったもの達と一緒にふき飛ばされていくオブシディアンの姿が映りました。

 僕より速く、そして低く、オブはそらを滑空していました。少しして、ゴッ! という音を鳴らし、オブは顔から床に衝突してしまいました。しかも勢いはまだ収まらず、オブはぐりんと一回転をして背中から倒れました。それでようやく、彼女は止まったんです。

 その後に関しては分かりません。落下していた僕の位置から、オブシディアンはベッドの影に隠れてしまい、見えなくなってしまったからです。

 オブは、大丈夫かな? と思った直後、僕のお尻がベッドの上に不時着しました。

 天涯てんがいにもぶつからないで、安全にベッドの上に落とされた僕。対して、そうなるよう鎖を操ってくれたオブシディアンは……


 手足に付けられた錠から伸びる鎖を鳴らし、僕はすぐにベッドから飛び起きました。

 この部屋で何が起きたのか。なにより、オブが怪我けがをしていないか心配だったからです。 

 急いで足をベッドの外に投げ出し、床に着地させようとしたその時です。

 ――声が、聞こえてきたんです。


「……無事かいな。トウドウケイスケ」

「……え?」


 壊れた壁、その亀裂きれつの中から声は聞こえてきました。

 彼女の笛のような音色の声を聞き、僕は、動くことを忘れてしまったんです。


 亀裂の暗がりから脚が伸びてきて、ズンッという力強い足取りで床をみつけます。それをもう一度繰り返し、声のぬしは亀裂の中から姿を現しました。

 関節部だけ白いパーツで覆われた、黒地のライダースーツを着た大きな女性です。


「タ、タイガーアイ、さん……!」


 パラパラ落ちる壁の欠片や粉塵を気にもしないで、彼女は足を踏み入れた部屋をぐるりと見回し始めました。そして最後に、僕を真っ直ぐに見つめてきたんです。

 表情は無表情で、自然体の堂々とした立ち姿に、僕は……


 か、カッコイイ……


 僕はもうしばらく、ただただ彼女を見つめる為だけの生き物。そんな存在でいてしまいそうです。


 ――タイガーアイさん。

 それがピンク一色のこの部屋の壁を破壊して、乱入してきた魔法少女の名前です。

 タイガーアイさんは魔法少女の中で一番身体が大きく、そして一番カッコイイお人です。

 身長は二メートル近くもあります。ライダースーツ越しでも分かる腕や脚、そして腹筋の筋。素敵です。うらやましいです。それでいて出てるいるところは出ているという、女性らしい身体をしています。スゴイです。

 続いてお顔です。瞳は捕食者を連想おもわせる程鋭く、エキゾチックな褐色の肌も手伝って、暗がりだと恐怖を感じてしまうこともある強面こわもてです。幽霊は美しい顔立ちの方が怖さを増すらしいです。それと一緒だと思います。

 カッコイイ捕食者。それが彼女の印象です。そう思う理由のほとんどは、彼女の髪にあります。

 タイガーアイさんは名前の通り、あの密林の王者と同じ、“虎柄”の髪をしているんです!

 どうです? 彼女、カッコ良いですよね!?


 と、内心で謎の問いかけをしてしまうぐらい、タイガーアイさんの登場は嬉しいものでした。

 そうしたことを思いフリーズしっぱなしの僕に、タイガーアイさんは少しだけ眉間みけんしわを作り、近寄ってきました。そしておもむろに僕の腕を取って、


「……フン」


 鼻で笑ったような声を漏らし、僕の手に付けられていた手錠をあっさり、それこそクッキーをくだくみたいに千切ちぎってしまったんです。


「………………え? はっ!? そ、そういえばタイガーアイさん!? どうしてここに!?」


 手錠が何製なのかは分かりませんが、鉄並みに固い金属だったのは間違いありません。それを、両手を使ったとはいえ簡単に千切る女性の姿に驚き、その衝撃で僕はようやく、フリーズから解放されました。


「……決まっとる。トウドウケイスケ、オマエを助ける為や」

 

 言いながらも、タイガーアイさんは僕の手足に付けられているじょうを次々に破壊して、拘束こうそくを完全に解いてくれました。


「……さ、はよう逃げ」


 片膝を突いた姿勢で、タイガーアイさんはあごを使い背後にある壊れた壁を指し示します。


 ? 逃げるって……何から?


 この時は僕は、タイガーアイさんの登場ですっかり、その事を忘れていました。


「……そうだ! オブシディアン!」

「!? このアホゥ!」


 ベッドに沿って唐突とうとつに走り出した僕を、タイガーアイさんは立ち上がり手を伸ばしただけで、簡単に捕まえてしまいました。

 ところで何かを捕まえる時って、自分の方に引っ張ってしまうのは誰でもやってしまうことですよね。それはどうやら、魔法少女でも変わりがなかったようです。

 引っ張っられた僕の身体は、ティッシュボックスから抜き取られたティッシュみたいに、一瞬でタイガーアイさんの胸元に移動してしまっていたんです。

 あと、左腕を右手で引っ張られたのも良くなかったんだと思います。キレイに半回転をした僕は、タイガーアイさんの柔らかなダブルタイガーに、顔をうずめる形で止まってしまっていたんです。


「…………」

「あわ、あわわわわ……」


 二秒だけ、僕は何も考えられなくなっていました。このかん、タイガーアイさんもまったく動く気配がありませんでした。

 二秒後。内側から爆発したみたいに体温を上昇させた僕は、大慌てでタイガーアイさんから離れようとして、彼女のお腹に手を当てて力を込めていたんです。


「すっ! すみませんでしたタイガーアイさん! って……えっ!?」


 ですが、何かが僕の両肩を包むように押さえ込み、うんともすんとも動けない状態になってしまっていたんです。


「……………………トウドウ、ケイスケ。……アカンやん? ワレに、こんな、機会を与えるようなことしたら……アカンやん?」

 

 万力のような力で、僕の身体がタイガーアイさんの身体に埋まれていきます。

 もう、呼吸するのも難しいくらい、二つの柔らかな物質が顔を圧迫してきています。


 こ、これはさすがに、死んじゃう……!


 胸に挟まれている状態でしたので、顔を動かすのは躊躇ためらっていましたが、そんな場合じゃありません。懸命に動かしてみて、唯一動かすことが出来た上へと、顔を逃がすことに成功しました。

 そこで――

 息を荒げ、瞳をハートマークにした捕食者と、バッチリ目が合ってしまったんです。

 

「……トウドウ、ケイスケ♥」


 ぐいと、僕を押さえ込む力がさらに上がりました。


「ぐえ! くっ、苦しいです! タイガーアイさん……!」

「……このまま、我ラ似たもん同士……」

 

 あ、ヤバイ。

 そう思った時です。

 僕の手足に巻き付いていた“あの音”が鳴り、続いて、お相撲さんが張り手を相手の頬に喰らわせた時ぐらいの、大きな破裂音が聞こえたんです。

 音は、タイガーアイさんの背中から聞こえてきました。


ったぁ……」


 タイガーアイさんのすぐ隣に背中を叩いた犯人? はいました。

 犯人? は先程さきほどまで僕の手足を拘束していた、鎖でした。その内の一本が、蛇のように鎌首をもたげ、空中でユラユラタイガーアイさんを睨むように動いていたんです。


「……タイガーアイ。アンタ……わたしのケースケに何してんのよ? 裸のケースケに抱きついて、何してくれちゃってんのよぉォオ!?」

「オ……オブ……」

「……チッ、五月蝿うるさいのが起きてきよった」 


 鎖に叩かれたからでしょう。タイガーアイさんの拘束はゆるみ、後ろを振り向くことが出来るようになっていました。

 それと余談ですが、僕はオブに言われるまで自分が上半身を露出していることを、すっかり忘れていました。


「離れろ。すぐにケースケからハナレロ。デカブツ」

「……そないフラフラな状態で言われてもなぁ。そんなんで自分の意見が通るとか本気で思っとるん。オブシディアン」 


 タイガーアイさんの言う通り、オブはベッドの柱に掴まり何とか立てている。そんな万全とは言えない様子でした。

 彼女がフラフラになってしまっている理由。それは、先程床に頭をぶつけてしまったからに他なりません。

 証拠に、彼女の額は裂け。そこから顔の右側全体を赤色に染めるぐらい、大量の体液を流してしまっています。

 本来なら、白くて可愛らしいオブの顔が、その赤色のせいでとてもおぞましいものに見えてしまっています。……ごめんねオブ。

 他にも、大きく見開かれ血走っている眼のせいで、ホラー映画に出てくるおどかす側。要は、化物のように見えてしまっているんです。……ほんとにごめん。

 

「はぁ、最悪。二つの意味で最悪よタイガーアイ。一つはアンタなんかにケースケをられるし、こんなみっともない姿をケースケに見られたこと。もう、気分が最悪よ。……もう一つは、アンタっていうデカブツの存在。アンタ、何わたしの邪魔してくれてんのよ? アンタ本当に邪魔よ、邪魔過ぎて、にくいわ。最っ高に悪い! 本っ当、最悪さいっあく! 絶っ対、許さない。アンタなんか許さないわ。だからねデカブツ、三つだけ数えてあげるから、その間にケースケを離しなさい。分かった?」

「……離さへんかったら?」

「“全部”ぶっ壊すわ。いーち」

「チッ。そういうことかいな……」


 人差し指を大きく回し、全部と表現したオブシディアン。僕には何が何なのか、全然分かりませんでした。ですがタイガーアイさんは、苦虫を噛んだような表情をしています。きっと、話の内容を理解しているのでしょう。

 二人の間では、一体どんな意味のやり取りがされていたのでしょうか? 

 

「にー」

「ふぅ……逃げや、トウドウケイスケ!」 

「え? って、タイガーアイさん!?」


 そう言ってタイガーアイさんは僕を、ピッチャーが野球ボールを扱うみたいに構えて、亀裂に向かって投げてしまったんです。


「!? ちょっとタイガーアイ! アンタ、ケースケを投げるとか脳みそ腐ってるわけ!? 怪我なんてさせたらどうなるか分かってんの!?」

「そんなヘマはせぇへん。それに、心配やったらあの辺一帯をらかくすればええやん、かっ!」


 投げられ、亀裂に入るまでの僅かな時間、見てしまいました。

 切れ気味の表情で喋り出したオブシディアンに向かい、床をえぐる勢いでみ抜き、弾丸のように突進し出したタイガーアイさんの姿を。

 

 ああやっぱり、また喧嘩が、始まってしまうんですね……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔法少女sick jewels 佐藤 損軒 @toentertainpeople

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ