第193話 一行怪談193

 船底には海に沈んだ人間たちの無念が貝殻となってこびりつくことが多いが、それを知る者は少ない。


 海から帰ってきた漁師仲間が見せてくれた人間の唇を持つ魚を見て、この船は数日後に沈むのだろうと、その場にいた皆が察した。


 沖からこちらに向かってくる小船を午後三時四十三分に見つけた時は、急いでその場から離れても家には戻ってはならず、夜が明けるまで水を一滴も飲んではならない。


 兄と一緒に船に乗った際、やたらと耳元で「おいで」という女の囁き声が聞こえたので震えていたが、後日、船の事故で兄が死んでからというもの、船に乗るたび聞こえるその囁き声は兄の声に変わった。


 船首に白いワンピースを着た女の後ろ姿を見た時は、急いで海に飛び込んで船から離れること。


 息子が折り紙で小さな船を作ってから、その船に乗った私が知らない男に殺されて船から放り出されるという夢に、毎晩悩まされている。


 川に浮かべた船のおもちゃが流れに逆らって上流へと進むのを追いかけると、船が向かう先に死んだ娘が笑顔でこちらを手招きしているので、心の中で何度も謝罪しながらあの時と同じく娘に背を向けた。


 祖父の船に乗るとある日から黄金の魚が釣れるようになり、だんだんと周囲から嫉妬の眼差しを向けられるようになった私たち家族が身の危険を感じて漁師町から夜逃げをした翌日、黄金の魚の群れが漁師町に襲いかかり町の住人を全員圧死させた後、祖父の船を担いで海へと去っていったらしい。


 夜中に出会うおんぼろ船より怖いのは、その後ろに続く宝石や金で飾り付けられた、笑顔を浮かべた人間の子どもたちで作られた客船の方だ。


 船に乗って失踪した友人が毎晩夢の中に出てくるのだが、骸骨のように痩せ衰えた体の友人が船の上で骸骨たちと宴会をしているので、あんな姿になるくらい遊び呆けているのかと腹立たしく思っている。

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