第91話 一行怪談91
「家の前に紫色のヘルメットを被った作業着姿の男が立っていた時、『ごめんなさい、もう二度としません』と言って通り過ぎなければ、その家の誰かが連れて行かれる」というのが、この町の暗黙の了解だ。
バンジージャンプの紐が切れて谷底に落ちていったタレントの姿を映した直後、「この後、スタッフが残さずおいしくいただきました」というテロップが流れた。
信号無視をした車が交差点を曲がる直前、空から降ってきた巨大な手がその車をぺしゃんこに押し潰した。
家族の自慢を鼻にかける友人だが、友人が自慢話をするたびに彼女の鼻は膨らんでいき、今では目や口を覆い尽くすほどの大きさになった。
腹を壊してトイレにこもった兄がいつまで経っても出てこないので心配になってトイレを覗くと、ペラペラになった人のものらしき皮と兄の服がトイレの床に落ちていた。
「悪いことを隠すことはできないんですよ」と呟く老人の後ろでは、泣きわめく金髪の若者数名が道路にできた拳大の大きさの穴に吸い込まれていく。
姉を犯し孕ませた化け物に何度も包丁を振りかぶるのだが、どうして父の声で命乞いをするのだろう。
義母の顔に時々髪の短い知らない女の残像が映ると義母本人に伝えるとたちまち顔が青ざめたので、この女の弱みを知ったとほくそ笑んだ。
義父はお人好し過ぎたのだと、自分の葬式を見つめて呆然としている半透明の義父と、そんな彼の手を握って嬉しそうに笑う坊主頭の腕が捻れた半透明の少年を見て思う。
「ごめんなさい」と泣くばかりの弟に、だったら手を動かせと苛つきながらも、私は目の前の骸を鋸で切り刻む。
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