第8話 一行怪談8

 「来るな」という昨年死んだ母の声が、実家の裏庭にある井戸の底から聞こえる。


 私の妻は子供を産んでから両手で自身の顔を覆い続けており、それから一度も声も上げていない。


 彼女の膝小僧には「許」という文字が刻まれているが、その文字が消える頃には彼女は死んでいるだろうと事情を知る私は思う。


 「何があっても助けないでください」という文章がいつの間にか背中に書かれた弟は、それ以来私を含む家族にいない者として扱われている。


 博物館に展示されている人魚のミイラには、学生時代に山に埋めた当時の彼氏の服装と全く同じに見えて仕方がない。


 父から渡されたメモには「今日 母さん シチュー」と書かれており何事かと思って帰宅すると、母はどこにもおらずニコニコと微笑む父が鍋の中をかき回している。


 自宅で衰弱死した姉の胃の中は、大量の他人の爪がびっしりと詰まっていたそうだ。


 天井裏を見たいという娘のワガママに肩車で応えてやるとはしゃぐ声が消え何事かと娘を肩から下ろすと、娘の上半身が何か食われたかのようにすっかりなくなっていた。


 ピエロから風船をもらったと喜ぶ息子が玄関を一歩出ると、風船ごと息子の体が宙に浮きどんどん速度を上げ空に向かって行ったかと思うと姿が見えなくなった。


 目薬を差すと一時的に視界の端にずぶ濡れの髪の長い女が見えるのだが、これはどういうことなのだろうか。


 飼い犬の様子が最近おかしい、飼い犬の影が腰の曲がった老婆にしか見えないのだ。


 夫の体の動きがぎこちなくなってきたので心配に思い背中のねじを十分に回し各部位に油をさすと元に戻ったので、返品はまた今度考えよう。


 数年前に事故死した友人たちが夢に現れ、「お前はまだ来るな」と言われながら崖から突き落とされるところで目が覚めた。


 留守番をしている時に家のチャイムが鳴らされ、インターホンを見ると頭に斧が刺さった中年の男がこちらを睨みつけていた。


 友達からもらったパワーストーンを身につけてからというものの、私の枕元に頭皮がついた長い髪が大量に落ちているようになった。


 兄が全身に鎖が巻き付いたようなタトゥーを入れてから数日後、タトゥーの通りに事故で体が切断されバラバラになった。


 おそらく妹は私の前世を知っているらしい、寝ている私の耳元で鋏を持ちながら前世の恨み言を延々と話すからだ。


 祖父の遺した将棋の駒の側面には、「どうしてこんなことに」という言葉がびっしりと書かれている。


 祖母が笑うと必ず後ろにいる半透明の血まみれの少年も笑うのだが、気味が悪くて仕方ない。


 ところでこれらの文章を声に出して読むと、あなたの後ろにも気味の悪い笑みを浮かべた少年が取り憑くのだがご存じだろうか。

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