キロポスト

伴美砂都

キロポスト

 半島を北から南へまっすぐ行く有料道路は空いていた。空は晴れている。この土地の冬は圧倒的に晴れの日が多い。今は一月なのに車の中から見ると、夏みたいなひかりだ。


 灯台は南京錠が所狭しと提げられた鉄柵に囲まれている。恋人同士でここに永遠を願う言葉を書いた鍵をつけると叶うというのは、よくあるようなパワースポットという名の観光スポットなのだろうけれど辺りにはだれもいない。むこうのほうの砂浜に男女がふたりで座っていて、あのひとたちもここに鍵をつけたろうか。そう思っているうちに潮が満ちてきたのかすぐ立ち上がって去って行ってしまった。

 海からの風が強い。マフラーが飛ばされそうになるのをつかまえて巻きなおす。自転車通学だった高校時代、マフラーを後ろでしばるのが嫌で、何度も解けそうになるのを手で直しながら向かい風のなかを行ったことを思い出した。お洒落で一目置かれていた早苗ちゃんが、スヌードを使っていたのでうらやましかった。今は、もうむかしの話。


 帰り道はもう陽が傾きかけていた。海の近くの駐車場には一日五百円と赤い大きな文字で書かれた木の看板が打ち捨てられたように立っていて、しかしそこにもだれもいない。車のエンジンをかけて暖房のスイッチを入れて、かじかんで固まった手が動くようになるまで少し待った。

 外は冬らしい色になっていた。うすい西日が行く道を照らし、田んぼや木々を照らす。道路はずっと空いている。追い越し車線をビュンと音を立てて一台の車が追い越して行き、そしてバックミラーには何もない。道路脇の看板が不揃いの間隔で視界の端を流れて行く。


 「キロポスト」


 言ってみる。子どものころ、両親は仕事が忙しかったが折に触れて家族旅行を計画してくれた。わたしは車酔いしやすい子どもだったが、高速道路や有料道路の道路脇にある、数字の書かれた看板が好きだった。ほとんど執着していたと言ってもいい。ときどきそれが現れない道だと不機嫌になるほどだった。窓にぺったりと顔を貼りつけるようにして、増えた、また増えた、減った、と数字を読み上げ続ける私を、父はバックミラー越しに、母はサイドミラー越しに、半ば呆れた顔で見ていた。

 あれの名前は、キロポストという。書かれた数値は道路の起点からの距離なのだと、知ったのは大人になってからだった。何の数字なの、と、父に尋ねたことがあるように思う。父の答えは適当で、「東京からここまでの距離だよ」とか言っていた。本当のことを知ったとき、ちがったな、と思ったけれど、そのことは父には言わなかった。


 また、ヒュンッと追い越し車線を車が行き過ぎ、わたしはずいぶんとスピードを緩めてしまっていたことに気付いた。同時に、両目からぼろぼろと涙が流れ、頬から首もとへ伝った。キロポストのことを、わたしに教えてくれた人がいた。キロポスト、ともう一度言うと、声が震えた。ああ、わたしは思っていた以上に、深い傷を負った。涙は透明なので前は見える。ぐっとハンドルを握りしめて、透明な涙をずっと流したまま、キロポストの横を走った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

キロポスト 伴美砂都 @misatovan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る