第3話 爺さんと俺
連れてこられたのはあからさまに人通りの少ない路地裏。
人通りの少ないらしいここは、地面に苔がびっしりと生えていて、俺が通ると苔が潰されて、足跡が残った。
「さて、あなたは女神について忌々しいと考えている。間違いはないかな?」
「え、ええ。そうだとも」
この爺の目で見られると、どうしても引き気味に答えてしまう。これが人間の差なのだろうか。社会経験が同世代と比べて少ないことは自覚しているが、どうしても俺には目の前の爺さんが人だとは思えないのだ。
「私の目、紅いでしょう?」
そう爺さんが問いかけてくる。確かにその目は紅く輝いている。だがその輝きにはどこか人離れしたような、見たことのない輝きをしていた。いや、俺はこの目を見たことがある気がする。この体が震えるほどに冷たい目。ああ、あの目だ。大学で同期だった吉田の目だ。奴は学生詐欺グループのリーダーやって刑務所入って出てまた入ったっけか。
そんな奴だからか吉田は金の話になるとああいう、冷たい目をする。ああそうだ。あの目は悪人の目だ。俺はとんでもない奴に絡まれちまったんだ。
「あなた、転生されましたね?」
また、この爺さんは俺のことを言い当てた。正直言って、怖い。こいつは人知を超えた何かであろう。絶対、人ではない。俺の第六感がそう告げている。
「ああ、そ、そうだ。転生者だ。お、お前だって、人じゃないだろ・・・?」
怖いが、言うしかない。このままじゃ、この爺さんに飲まれる。どうにかして、この一方的な状況から脱出するしかない。
「ほう・・・よくご存じで。」
そう爺さんが言うと、信じがたいことに、見た目がみるみる若返っていく。薄汚れて、臭そうな服が弾け飛び、異様に発達した筋肉が現れた。
そして、素肌の上に何処からか取り出したジャケットを羽織って、
「いかにも。我は魔王軍第三軍副司令官、レイ・ロイス。魔王から中佐の名誉を与えられている」
絶対強いじゃん。なんなんだこのイケメン。見た目からに、大方悪魔であろう。浅黒いエキゾチックな見た目。それと怪しく黒光りする二本の角が頭から生えている。
「あなた、あなたからは我々と同族の臭いがする。どうだろう、あなたを我々第三軍の指揮下に加えたい。報酬もやるし、一式の装備も与えよう。あなたはあなたが憎い女神を信仰する王国軍を蹴散らせばいい。一応は軍人だから、特権もあるし、身を立てれば魔王に謁見することも出来ようぞ」
なんだそのおいしい話。例えばこれが俺のいた世界ならば疑うが、今は異世界。しかも提案者は絶対強いと俺の第六感が告げている男、レイ・ロイス中佐だ。これに乗らない手は無い。
「こ、こんな俺で、いいなら?よ、よろしくお願いします」
だが悲しいかな。俺の喉から出た搾り出た委縮しきった声が、まるでガキ大将に恫喝され、万引きをすると約束してしまったかのような、恰好悪い空気を作り上げてしまった。
「っ・・・ここは・・・?」
ここは何処であろう。頭がくらくらする。ああ、これあれだ。立ち眩みだ。
「「「おお!勇者よ。我々は歓迎いたしますぞ!!!」」」
僕は、真っ白なローブを着た男に囲まれている。床には魔法陣らしきもの。どうみても、これは 正義の
どうやら僕は、勇者だ。
「「「勇者よ、あなたはどのような運命に従う?」」」
これは、私が答えなければいけないようだ。せっかく勇者として転生したんだ。ここはかっこよくキメたい。
「僕は、魔王を倒し、民を救うために来た!」
そう僕が言うと、周りの男どもが騒めく。そして口々に言う。「遂に勇者が来た」「これこそ本物だ」「腰の物を見ろ、あれは聖剣だ」と。
「静まりなさい」
鶴の一声。一瞬で静まった召喚部屋(仮)に、声の主であろう女、いや、あれは王女と言うべきであろう。整った小さい頭の上に乗っかった王冠が、それを証明している。
「あなたが、勇者様ですね?」
「は、はいぃ」
前世の女性経験の少なさがこういうところに出る。
「実は、さっそくお願いしたいことがあるのです」
「りょ、了解です」
僕がそう言うと、彼女はふっと微笑み、僕の手を取ると、
「こちらへ」
と言った。初めて、母親以外の女と手をつないだ。その距離感の近さと、王女の美しさは、僕をときめかせるのに十分すぎた。
「え、もう魔王軍は本土に?」
王女と軍務卿から聞いた戦況は、思わしくないどころか、悲観的にならざるを得ない状況だった。
この対魔王軍戦は、魔王軍の越境と、それに伴う宣戦布告から始まった。当初、王国軍国境パトロールが遅滞戦闘を行うも、開戦から四時間あまりで突破された。その結果魔王軍に五㎞も自由進軍を許し、その後来た王国軍増援が奮戦するも突破されたとのこと。
「魔王軍は五軍団、五十万人規模で我が王国を侵犯し、我々は奮戦するも戦力差から敵進軍を止められませんでした」
と、言うのはミラン軍務卿。おっさんで少しがっかりしたが、まあしょうがない。若干髪が薄いことぐらいが特徴だろう。王女は何も喋らない。専門外なのだろうか。
「戦力差、とはどれくらいでしょう?」
「国境パトロールは五万人規模、増援は十万人規模でした」
「損害は?」
「国境パトロールは戦死者一万五千負傷者二万三千。増援は戦死者二万一千負傷者四万二千とのことです」
絶望的ではないか。特に増援は何があったのか。損耗率が国境パトロールと比べて高い。その答えは単純であった。地形である。
「国境沿いは山深く敵味方ともに騎兵部隊の本格投入が出来ませんでした。それとは対照的に増援部隊が接敵したのは広い草原地帯。ここでは奮闘するも騎兵の数の差から敗北、撤退しました」
どうやら、僕は勘違いをしていたらしい。僕が腰に下げる聖剣、イスカンダルで敵をバッタバッタ倒していけばいいかと思っていたが、戦いは僕の予想以上に組織化され、僕の好きなRPGのようにギルド単位で戦闘をするのでは無いようだ。
「王国軍の残り戦力は?」
「王国軍本軍が二十万人、第二、第三軍が十五万人規模。それに近衛師団が三万人です」
「各軍の装備は」
「本軍は二十万人のうち騎兵五万銃兵五万歩兵十万。第二、第三軍はともに五万人が銃兵、残り十万人が歩兵。近衛師団は全員が魔道騎士で構成されています」
「魔道騎士とは?転生前の世界には無かった」
「魔道騎士は剣に魔力を溜めることによって剣の攻撃力を高めることが出来る騎士のことです。この攻撃の強さ故三万人規模でもその強さは三万人規模の軍団ほどには」
てことは王国軍は実数五十三万人。魔道騎士の情報を鵜呑みにすれば八十万人程。
「一番近い魔王軍の位置は」
「ここ王都から国境に向かって百五十kmの貧困街です。敵軍第三軍がこの町を占領しています。他の敵軍団より十㎞ほど突出した軍団です」
「十㎞も?妙だな」
普通、こういう時は仲間と横を合わせて進軍する。でないと孤軍になってしまうからだ。軍団規模とはいえ十㎞も他軍団と離れるのは何か意図を感じる。
「しかし、軍務卿としては、これ以上の好機はそうそう無いかと。敵軍団を撃滅できる絶好のチャンスです」
「攻撃するとしたら、どの部隊を当てる?」
「やはり、本軍でしょう。十万人の敵軍団の二倍の戦力で敵をなぎ倒すのです」
軍務卿はやや興奮気味に言う。
「さあ、許可を。攻撃の許可を。王女様?」
魔王軍第三軍武器保管テント。ここには数々の武器と中佐と俺がいる。
「これが銃。撃ち方は知ってるか?」
そう俺に手渡されたのは第二次世界大戦のころを彷彿とさせるボトルアクションライフル。
「すこし知ってるけど、初めて持つ」
やはり重い。しかし、日本人から見ても身長が低めな俺でも普通に構えられるあたり、カービンモデルだろうか。それとも低身長な種族でもいるのか。
「完璧です。どこで銃の操作を習った?」
「すこし、転生前にね」
FPSキャラのモーションをパクっただけだが、意外と良いようだ。
「だが一つだけ。撃つ時以外はトリガーガードの中に指を入れるな」
やはり所詮はゲームモーションのパクリ。本職の方が見れば眉を顰める部分もある。
「こいつは新型だ。死んでも離すなよ。もしもの時は燃やせ」
どうやらこの世界においては超凄い兵器らしい。
「次は剣だ。あなた、いや、お前。お前は細いから片手剣。それも軽い部類の物だ」
素直にこれはありがたい。重い剣など振れるわけない。
しかし、中佐から受け取った剣は十分重い。五キログラムはあるだろう。思わず、剣に引っ張られる。
「おいおい、大丈夫か?」
「あ、ああ。大丈夫、なはずだ」
しかし、重い。剣がこんなにも重いとは思わなかった。これで軽量な部類とかRPGの勇者はどれだけ剛腕なのだろう。
「どれ、軽く振ってみろ。なに、直感で振ればいい。私は流派を気にしない」
いや、流派とかではなく純粋にこの重さの剣を振れる気がしないだけだが・・・仕方ないからやるしかない。俺が好きだったMMORPGの剣士のモーションをまねてみる。
重い剣を円を描くように振り上げて、袈裟斬りのように斜めにおろす。そのままクルリと一回転して剣を鞘に納める。回転はいらなかったな。少し足首を捻った。次はやらん。
「これ、これは・・・本当に剣を習ったことが無いのか・・・?」
中佐が俺に言う。そんなに感激してくれたのだろうか。
「お前の剣は凄い。なにせ、予備モーションが無いのだから」
そう中佐は言うと、俺にちょっと待ってろと言い残し走り去っていった。
女神ちゃんはキモオタにはうんざりなの! 擬音の人 @UDDI
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