第2話 女神ララの憂鬱と暗黒騎士山田

ララに召喚された魂、そいつはなかなか期待できる見た目であった。見た目二十代前半、筋肉の付いた体、整った顔。身だしなみは清潔で、さっきの男とは正反対の男である。

「こ、ここは?」

彼はそう私に問いかける。

「ここは審判室、とでも言いましょうか。あなたのような彷徨う魂をこれからどのように致すかを決めるところよ」

「なるほど・・・」

「まずはこの書類に色々な事を書いてもらうわ」

と、必要書類を転送する。

「うおっ!すげぇ!」

彼はなかなかに盛り上がってるようだ。


「これで大丈夫ですかね?」

彼は私に向かってそう言う。

「確認しますね」

そうして再度転送術を使うと、まるで子供のように彼は目を輝かせる。

「えーと、飯田義男いいだ よしおさんですね?」

「はい。そうです」

私は彼の書いた書類に目を通していく。歳は二十四。東京生まれだそうだ。東京ってどこだろうか。

「確認できました。書類に不備はないようです」

「そうですか。よかった」


彼は安堵の表情を浮かべる。その表情が、さっきまでいた山田だとか言う男と対照的に輝いていて、美しい。そう思った瞬間、とても面白いことを思いついてしまった。彼に天界装備、転生者の言うところの「チート武器」を与え、かの山田と同じ世界、それも勇者として召喚された伝説の男として転生させるのである。

顔の良く、礼儀正しい勇者と、不細工な態度の悪い愚者。どちらが転生先の世界で成功するかなど目に見えているではないか。どうせあんな奴だ。碌に生きて生けないだろう。奴がその日その日の飯に悩む間に飯田が魔王を討伐するのだ。彼の凱旋パレードが行われる日。その日町中にはためく神聖旗が何を示すか、いくら愚者でも分かるはずだ。そしてそれを悟った愚者はこう思うだろう。あああの時の女神は俺を勇者に出来たのだと!そしてその悔やみが致命的に手遅れなことも!

私は奴が悔やむ顔を見たい。彼が絶望と取り返しのつかないことをしたと苦悩する顔が見たい。奴に復讐する。それが出来る。わざわざ私が出向かずとも復讐が実現できるのだ。ああ、想像しただけでも血が騒ぐ。


「よし。決めた」

そう私が言うと、飯田はその茶色の瞳で、曇りのない純粋な瞳で私を見て問うのだ。

「何をですか?」

その問いに私は答える。

「あなた、いえ。飯田様のこれからです」

「なんと」

「私が出した最適解。それはあなたを勇者にすることです。どうか、勇者として魔王を倒し、異世界の民を救ってくれませんか?」

そう私が言うと、飯田は見るからに動揺して、

「本当に私でよいのでしょうか?こんな・・・」

と飯田の口は言うが、まんざらでもない感情が顔に出ていた。

「良いのです。あなたにこれを」

と、私が取り出すのは天界にて特級精霊師が魂を与えた聖剣、「イスカンダル」を彼の方へ転送する。

「これは・・・」

「それは聖剣、イスカンダル。飯田様の冒険を助けることでしょう」

「イスカンダル・・・」

「さあ。行くのです。勇者飯田よ!」

そう私が言うと彼はこう答えた。

「行って参ります!民を救うために!」

私が転生術を彼に適応させると、彼は青い光に包まれながら転生した。


「今頃はあっちの姫様から事情でも聴いてる頃かなぁ」

ぐだりと椅子に掛けながら、私は独り言を呟く。

「そうだねぇ」

と誰かが言う。

「あ、そうそう。ちょっと水晶玉と鏡もってきて・・・って誰!?」

思わずバッと声のする方向に振り向く。

「やあ。元気?」

「ミミちゃんじゃあないの!」

そこには女神学校からの友人のミミがいた。腰まで届くような長いオレンジ色の髪と、輝くオレンジ色の瞳が印象的な娘だ。確か彼女も今日から仕事に就くはずだったが大丈夫なのだろうか。

「お仕事はどうしたの?」

「ふっふっふ。速攻で最大値の七件を終わらせてきましたよ!」

「仕事早っ」

「で~?ララはどんな感じ?」

「いやあさそれがさぁ。最初の魂がとんでもない奴でさあ」

と、飯田を異世界に送り込んだことまでを話した。

「いやあララは趣味が悪いねぇ」

「なにおぅ」

「それにしてもその二人のその後が気になるね。ちょっと水晶玉と鏡をもってくるね!」

気の利く良い娘だなぁ。と、老婆のようなことを思いつつ、

「あんがとね~」

と返事しておく。

その後三分もしないうちに水晶玉と鏡を抱えたミミが戻ってきた。

この道具。いや神具と言った方が正しい。これの使い方は簡単だ。

水晶玉を持ち、転生させた世界を思い、鏡をのぞけば、鏡にはすでに異世界の世界地図が出ていた。

「最初はさ、例の山田とかいう奴を見に行かない?」

とミミが提案する。

「賛成だね。あいつ、貧民街でうまくやってるかしら」


「クッソ!どこだここはよお!」

まったく災難だ。俺は自室でパソコンで匿名掲示板に書き込んでいたはずだ。それなのに急に視界が暗くなって、頭が痛くで。気が付けば椅子から転げ落ちてて。

気づけば女が俺を見下して魂だか転生だかようわからんことを言い出したと思ったら急に俺の態度が悪いだのなんだのと怒り出した挙句こんな中世みたいな町に飛ばされた!くそったれのアバズレが!

そもそもなんの説明もなしにあの女にあーだのこーだの言われるだなんてどうかしてるだろうが!俺は何で自室から謎の部屋に飛ばされたのか。なんで今こんな町を歩いてるのか。全部謎だ。意味不明だ。全部、あの女神だか言ってた女のせいだ。

「そこの人やぃ」

唐突に後ろから話しかけられた。

「なんだよ」

振り向くと、そこには初老の薄汚いじじいがいた。服はボロボロ、肌は煤だらけで、おまけに汗臭い。視線は常に下を向き、背骨はエビのように曲がっている。大方乞食であろう。ただ妙にこの爺の銀髪だけは綺麗に整えられているのが気になる。

「私はここで乞食をしているんですがねぇ」

としわがれた声で話しかけてくる。

「すこし、恵んでくれませぬか。ここに来る人にしてはあなたは豊かに見える」

「あんたの境遇には同情するが、あいにく俺は一文無しだ」

「ほう?可笑しなことを言う。その服も、そのズボンも、その靴下も、私、いや私たちにはうらやましい。そんな上等な生地は高く売れるだろうからね」

どうもこの爺は俺の着ている服に使われた化学繊維が気になるらしい。しかし、ここがもともと俺のいた世界とは違うとはいえ全裸じゃあなんかしらの警察組織につかまるだろう。なんせ周りの人間は服を着ているのだ。

「すまんが服はあげられねぇんだ。こっちだって恵んでやりたいがな。今は出来ない。俺が不安定すぎる」

「あなたが不安定?私よりもですかな?」

「ああそうだとも。あんたにはわからんと思うがクソ女によくわからんことされてな。気づけばこのザマよ。一文無しで町をぶらついてんだ」

「私みたいに女運が悪いのですな」

爺がそういうと、顔をあげて、こっちを見てきた。紅い目。その目はそこらを歩いている人や俺とは何かが違う。冷たく切れた目をしていた。

「・・・っ!?」

爺の目が紅く光る。その瞬間、爺は何を見たのか感じたのかわからないが、ニヤリと笑った・・・ように見えた。

そう見えた瞬間、私も何かを感じた。俺でも感じられる、圧倒的な殺気。常人とは違うそれから発せられている殺気。思わず右手を私と爺の間に入れて、一歩下がる。

「あなた・・・を知っているね?」

背筋が凍るとはこういうことを言うのだろう。

うまく体が動かせない。俺の長い自堕落な引きこもり生活は、防衛反応すら衰えさせたようだ。でも、俺の口は動いた。

「知ってる。い、忌々しい奴だと・・・記憶している・・・」

すると、爺は俺の手を掴んで、

「少し、来ていただけませんか?あなたと私は気が合うようだ」

と、言った。拒否など、できない。俺に行動を強制させる気迫が、この爺から出ていた。

この時、俺は爺の声がずいぶん若々しくなったことにすら、気づけなかった。

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