最近、会社の先輩が画家を目指し絵の勉強をしているらしい。今日も先輩のデスクに何冊も絵の本が山積みにされていた。



「先輩。この会社辞めちゃうんですか?」

「もし絵で食っていけるようになったらな」

「入社した時からお世話になってたので寂しいですね」

「いや。まだ辞めねーから」

「あっ、そうでした」




先輩はよく落書きをしているのを見たことがあるけど絵はすっごく上手い。



「有名になりそうになったら私にサイン下さいね。2つ」

「なんで2つなんだよ?」

「1つは私の分でもう1つはもしもの時に売る用です」

「お前なぁ」

「冗談ですよ!冗談。でも1つはちゃんとくださいね。できれば第一号で」

「はいはい」




流すような返事をした先輩は仕事をつづけた。それから先輩は仕事が終わった後も休日も絵に時間を費やしていたらしい。コンテストなんかにも積極的に出品しているものの結果はあまり出ていないという。そのことでため息をつく姿もたまに見かける。結構、絵の事で悩み苦労しているようだ。だけど、先輩は努力を惜しまなかった。そんなある日、軽い気持ちで先輩にこう言った。



「私の絵を描いてください」

「お前の肖像画をか?」

「はい。気が向いたらでいいですけど」

「いいよ」




先輩は即答。正直、断られるかと思ったけどあっさりOKしてくれた。休日の重なった日、私は先輩の家へお邪魔した。思ったよりもモデルは大変だったけど真剣な表情で絵を描いてくれる先輩を見ていると全然我慢できた。それに気を使ってくれたのか頻繁に休憩してくれた。そして何度目かの休憩。先輩はまだ出来上がってない絵を見ながら自分の中にある完成と見比べていた。私は完成した時に見たかったからキャンバスの裏を見ていた。



「先輩」

「ん?」

「こんなこと言うのどうかと思いますが。なんでそんなに頑張れるんですか?」

「なんで今更夢見てるのかってこと?」

「というかなんでそんなに叶わないかもしれない夢に向かっていけるのかなって。あっ、別に先輩の夢が叶わないとか思ってないですからね」




先輩は少し椅子をずらし私の方を見た。



「確かに結果がでなくてイラっとしたりもするしストレスだけど、結局やってることは好きなことだからやっぱり楽しいんだよ」




そう語る先輩は輝いていた。その日は最後の手直ししたいということで絵は後日もらった。とても素敵な絵で右下には初めて書いたというサインが書かれていた。それからも先輩は夢に向かって努力し続けた。


私は結婚を機に会社を辞め、それから数年後先輩も会社を辞めた。今はでは個展を開くほどになった。髪型は変ってしまったが私はあの絵がとても気に入っていて家にも飾っていたが先輩は「まだまだだった頃を思い出す」と私の横で少し恥ずかしそうに語った。

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恋と夢 佐武ろく @satake_roku

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