ユキガフルト、

佐々木実桜

積もる雪、募る想い

女に生まれてよかったと感じたことは無かった。


女は肌が綺麗でなくちゃいけない。髪がサラサラでツヤツヤじゃないといけない。妊婦さん以外腹が出ていてはいけないが、だからといって多少の肉付きがないのもいけない。


運動をすれば男と並んだら異端扱いで、女の基準に合わせなきゃいけない。


生理は辛いし下着は高いしコスメだって凄く値が張る。子どもを孕んでつわりに苦しむのも、お産の苦しみも味わうのは女だ。


自分の体が子どもから女に近づいていくにつれて私は死にたくなった。結局死ぬ事は出来なかったが。


大人になってしまえば、女になってしまえば、理不尽な世の中の犠牲になってしまうと教わったのだ。


教えてくれた人は死んでしまったのに、私はその教えに取り憑かれ、大人の女になることにひたすら怯えた。


『言葉は刃物だ』とはよく言ったもので、あの人が私に刺したナイフは綺麗に刺さったまま、私の心を育ててしまった。



そんなナイフに育てられた私の心は随分と荒んでしまって、とうとう私は大人になる途中の今、何も受け入れられないオンナになった。


女になりたくなかったから、恋なんてものは到底分からなかった。


化粧に目覚めたのは早かった。化けたかったから。


『ここに居るのは私じゃない、他の女だ』と自分に催眠をかけた。


器用な手先のおかげか他の女になった自分は、我ながら綺麗だった。


綺麗で、儚かった。まるで、雪みたいな女だ。


褒めてもいいだろう、これは私ではないのだから。


私ではないこの女を私は、【ユキ】と名付けることにした。


雪のように儚いからユキ。単純だ。


普段の私とは全く違うユキになって、全てを受け入れられない自分とは違うのだとユキとしてできる限りの事は受け入れた。


ユキは愛された。


コンビニの店員、犬の散歩をしている学生、カフェのマスター、沢山の人がユキを愛した。


その中に、一人異質なヒトがいた。


女だ。


綺麗な顔をした、綺麗な女。


彼女はナツと名乗った。


ナツ、ユキとは真逆の名前。


ユキは黒髪ロングのウィッグをつけていた。


本当の私は地毛が茶髪の、せいぜいミディアムヘアー。


ナツは、金髪のショートボブだった。


本当の私は平行な目をしていて、ユキはタレ目に見えるようにしていた。


ナツはツリ目というのか、ネコ目というか。


ユキとも、私とも違うナツはユキとして通ったカフェの常連客だった。


モノトーンの服を着た、髪が眩しい女

というのが私の印象だった。


ある日ユキとして紅茶を飲みに来ると、ナツが「私にも同じものをお願い」と言いながら空けていた前の席に座った。


随分と肝の据わった女だ。


初対面の他人になんの言葉もかけることなく堂々と相席をするのだから。


ナツはユキ、私の目を見つめながら


「私、あんたのこと知ってる。黒髪の美女って最近ここらのおじさんの中で話題だった。」


と言った。


「そう、私はあなたのことを知らないわ。初めまして。」


初っ端から怪しいヤツだった。


初対面で一番最初のセリフ、あんた呼びって。



とにかくナツは、なんというか、よくいえば無邪気だった。


何も考えてないように振る舞うのが上手かった。


だからこそ深く関わってしまった。


言葉を交し、日々を過ごし、ついには唇も交してしまった。


そして、彼女に言われた。


「私、ユキが好き。ユキのこと、だーいすき。」


目が覚めた。


彼女と一緒にいるのは私ではない。


ユキだ。


何も受け入れられない弱虫の私、ハルじゃない。


黒髪の美しいユキだった。


彼女が好きになったのもキスをしたのも、ユキなのだ。


私はただ騙しただけの人間だった。


彼女と居ると性別なんてどうでも良くなった。


女とか男とか、そんなの関係なく、ナツを好きになれた。


初めての恋だった。


けど、叶うことはないだろう。


彼女は私とは全くの別人に作った、作りあげてしまったユキに恋をしたのだから。


好きになったのが、私なんかでごめん。

ハルが本当の私でごめん。

ゆきは、いつか溶けてしまうものだから、さようなら。


そうして私は、ナツの前から姿を消した。




それから私はユキを消した。


ユキは嘘偽りでしかない存在なのだ、どうせ傷つくのは私なのだから、と。


ユキを消すと、暗くなってしまうはずの私の世界は何故だか明るく見えた。


受け入れることは出来ない。大人にはなりたくない。そう考えることも少しはやめることができた。


ユキを消して、ハルを迎え入れられるように。


私は、そしてハルを受け入れた。



数年も経てばユキを憶えている人はいなくなっただろうと、少しユキとして通った場所に足を踏み入れることにしてみた。


少し伸びた茶髪に、タレ目メイクはやめられなかったけど、ハルとユキを結びつけられる人はきっと居ないだろう。


あのカフェに、入ってみた。


ナツは、居た。


鈴の合図に反応して開いたドアを見たナツと目が合った。


動揺を表せばバレる自信があったから、何も無いようにスルーしようと思っていたのに、ナツは私と目が合った途端、獲物を見つけたネコのように目を細めた。


やばい。


迷惑だとは思いながら、一目散に逃げた。


ナツは追ってくる。


「待って!!ユキでしょ!ユキだよね!」


やめてくれ、もうその声で、その名前を呼ばないで。


つい動揺してしまい、追いつかれてしまった。


「お願い、逃げないで、ユキ…」


「ユキなんて知りません!」


「私が女だから?女なのにユキのこと好きになったから居なくなっちゃったの?」


え?


「頑張ってやめるから、好きだけど、好きじゃないようにするから、お願いだから逃げないでよ…」


ナツは少し背が高い。


モデル体型の、金髪の女が、地味な女の腕を掴みながら泣いている様は傍から見るとさぞかし滑稽だっただろう。


「本当に、ユキなんて知らないです!」


痛む心を無視しながら、腕を振りほどく。


「嘘だよ…私がユキを間違えるはずないもん」


なんの自信だろうか。


「ユキなんて知りません、私はハルです」


これで諦めてはくれないだろうか。


「そっか、ユキはハルなんだね」



この展開は予想していない。


もし会って、万が一バレたとしてもナツが好きになったのはユキだから、私なんかじゃないから、ユキという女自体忘れてもらおうと。


なのに、


「ユキでもハルでもいいよ、私が好きになったのは貴方だから。」




『ユキガトケルト、ハルニナル』




ゆきを溶かして水となったはずの恋は、はるとなってまた咲き誇ってしまった。


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ユキガフルト、 佐々木実桜 @mioh_0123

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