第十五話 VS 遂理宗 感想戦①

9:40 公明ドーム 西大会議室


「サイク! やったな。俺ら『デッドエンド』での初勝利だ」


「ああ。僕のトリックがあったんだ。当然だろう」


 真犯人オンライン地方予選大会を終えた僕ら。

 デバイスを操作しゲームを終了させると勝利の余韻に浸る。


「カハハ。確かにサイクの犯行は最後まで対戦相手に核心を掴まれなかったな。けど、それを言うなら俺の推理もなかなかだっただろ」


「まあな。迫力のある推理だった」


 互いのプレイングを称えあう。

 会場内ではゲームを終えた他のプレイヤーからも悲喜こもごもの声が上がっている。



「おお、サイク殿、エンドウ殿。少し話をしてもよろしいかのお」


「アゴウさんに、ウンサイさん。もちろんだぜ。対戦ありがとうございました!」


 かけられた声の方を向けば僧服を着た男達、チーム『遂理宗』のアゴウ、ウンサイであった。

 アゴウは笑みを浮かべ、ウンサイは悔し気にこちらに近づいてくる。

 エンドウが気さくに挨拶を返したのを見て、僕も慌てて頭を下げる。




「エンドウ殿、この度は対戦感謝する。エンドウ殿には我のトリックが完膚なきまでに見破られてしまった。後学のために、どこでトリックに気づいたのかお教え願えないだろうか」


 ウンサイのトリック。

 ワックス掛けにより階段が利用できず密室となった二階で起きた殺人事件。

 ウンサイのトリック自体は単純で上の階から窓伝いに部屋に侵入し犯行を行ったわけだ。


 窓枠がボルトで固定されているのを利用し、窓を窓枠ごと外してしまい部屋に侵入。

 犯行後に再び固定することで窓から出入りができなかったと見せかける大胆なトリックだ。


「ああ。もちろんだ。本物の殺人に二度目はねえがこれはゲームだ。お互いに励もうぜ。きっかけは窓の周囲がぬれていたこと、それに窓の部分だけ血が途切れていたことだな。あれで窓が犯行時に開け放たれていたことはバレバレだった。トリックはその後の調査でひらめいたんだが、すぐに窓に注目させてしまうのはいただけないな」


「むむ。確かにそのとおりだ。我の平衡感覚パワーを生かした良いトリックだと思っていたのだが、無念」


 犯行時、外は激しい豪雨だった。

 窓を開ければ雨が室内に吹き込むのは道理だ。

 仮に窓からの侵入を隠したいのなら雨が室内に吹き込まないよう窓をビニールシートで覆っておくなど対策が必要だっただろう。

 血に関しても現場工作の基本だ。

 赤い塗料を用意するなどすれば少なくとも一目見ただけでは窓からの侵入の痕跡をごまかすことはできる。


「こちらからも質問いいか?」


「ああ。構わない。どうせ同じトリックは何度も使える物ではないからな」


「なら遠慮なく。俺の推理では犯人は三階の窓から二階の窓へ紐などを伝って降りたのだと説明したが外は豪雨だっただろ。そんな中、生身の人間が移動するというのはだいぶ難しいことだと思うんだ。できないことは無いだろうが普通やろうとは思わないというレベルにな。どうやって移動したんだ」


「ああ。そんなことか。それなら簡単だ。我が使ったのはHPで交換できるロープと

軍手だ。厨房の柱にロープを巻き付け固定。ロープの長さをちょうど二階の窓の部分に届くように調整し、もう一方の端を自分の体に巻き付けておく。ロープを使い降りて行けば二階の窓の高さになる」


「うーん。軍手をして多少滑りがマシになっているとはいえ窓枠を外すなんて重労働だろう。ちゃんとした足場もなく行えるものなのか」


「我は普段から鍛えている。ゲームのアバターに我が筋力パワーは反映されないが日ごろから鍛えた五感パワーはそのままだ。我は特に五感が優れていてな。紐にぶら下がった状態で上体を固定して作業することなどあまり苦ではないのだよ」


「うへえ。なんだよそのチートは。ミステリーに超人の登場は厳禁だろうが。だが、そういうプレイヤー個人の技能も推理に織り込まなきゃならんわけだな」


 エンドウはそういうと苦い表情を浮かべる。

 僕たちが勝ち進んでいけば対戦相手はこれからどんどん強くなると予想される。

 ランクの高い相手であれば事前情報が出回っている場合もあり、個人的な資質も注意可能かもしれないが気を付けておくべきだろう。



「そういえばサイクはウンサイのトリックを毛嫌いしていたよな。別に身体性能に任せた犯行を怒っているわけじゃないんだろ。どうしてあんなに否定していたんだ」


「……ああ。それはウンサイが犯してはならない禁忌を犯したからだ」


 ゲーム中、僕はウンサイの犯行に怒りを寄せていた。


「サイク殿、我の犯行に何か不満がおありか? 同じ犯人側のプレイヤーとして何か犯行に欠点があるのならお教え願いたい」


「欠点? あるに決まっているだろう。窓枠を外して犯行だと? そんなのダメに決まっているだろお!!!!!」


「なっ、サイク!? 何いきなり切れてんだよ」


 エンドウが僕の肩を揺さぶる。

 しかし怒りに火が付いたのだ。こんなことでは僕は止まらない。


「窓枠を外して侵入なんてトリックが認められたら描写の際に毎回『窓枠は釘でしっかりと打ち付けられており犯行時に取り外された形跡はない』なんてだるいことを書かなきゃいけなくなるだろう! ただでさえミステリーは別解つぶしのために背景描写が多いんだ。窓枠を外すのがオーケーなら扉や、床板、天井板などすべてが取り外しできないことを描写しなければならなくなるだろう! いい加減にしろ!」


「サイクは何に切れてるんだよ!?」


 その後僕はミステリー執筆における日ごろのうっ憤をぶちまける。

 抑えに回るエンドウに、経過を茫然と見守る遂理宗の二人。

 けれども僕の怒りはそんな周囲の微妙な雰囲気如きでは止まらない!


 その後、怒りが冷めるまで僕はミステリーへの熱い思いを語り続けた。


9:56 公明ドーム 西大会議室


「――ゆえにミステリーに置ける密室トリックの扱いは」


「おいおい、サイク! いい加減にしろよ。次の対戦は10時半からだぜ。次の対戦相手を確認して対策を練らなきゃいけねえんだから、そろそろ切り上げるぞ」


「……ああ、もうこんな時間か。少し話過ぎたようだ」


 僕としたことがつい熱が入ってしまったようだ。

 いったん冷静になると自身が醜態をさらしていたことに気づく。

 ミステリーのこととなると周りが見えなくなるのは何とかしないとな。

 ゲーム中に視野狭窄なんてことに陥れば目も当てられない事態だろう。


「サイク殿のご高説には、弟子も十分感銘を受けたようじゃ」


 僕の言葉が切れたのを見計らっていたのだろう。アゴウから声を掛けられる。

 アゴウの言葉を受けウンサイに視線を向ければ、そこにはウンサイのぐったりと生気の抜けた顔があった。


「ウンサイさん、大丈夫ですか」


「カッハッハ。自身のトリックに全否定を食らい憔悴しているだけじゃ。一日経てば元に戻るじゃろうて。それよりもサイク殿、よろしければ試合で使ったトリックの解説をお願いできんかのお。このままではワシの方が悔しくて眠れそうにないわい」


「いや、ミステリーでネタバラシは……」


「いいじゃねえかよ。ウンサイさんも言っていたがどうせ何度も使えるトリックじゃないんだ。話せばアドバイスももらえるだろうし、教えてやれよ」


「……分かりました。そういうことならお話しします」


 エンドウの忠言を受け、僕はアゴウの提案を了承する。

 ……実は僕の方もトリックを話したかったというのは内緒だ。

 せっかくのトリックを死蔵しておくなんてもったいないからな。

 

 自身のトリックを口頭で説明すると考えると顔から火が噴き出す思いだが、同時にこうして気楽に批評を受けられるのは楽しくもある。

 僕は頭の中で説明する順序を組み立てながら、自身の使ったトリックの説明を始める。



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