第十二話 VS 遂理宗 解決編②
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23:24 食堂 チーム『デッドエンド』 サイク視点
俳優の殺人は死体がバラバラに解体されていた。
ノコギリで死体を解体したとすればその犯行に要する時間は30分以上となる。
一方、アゴウが犯人と指定した館の主にはアリバイの空白が10分間あるだけであった。
「たったの10分で私が犯行を終えることは不可能だ!」
「いいや、この道具を使えばお主にも犯行は可能だったのじゃ」
そう言ってアゴウが懐から取り出したのは、調査で見つけたのであろうとあるアイテムであった。
「それは、注射器でしょうか? それが今回の犯行と何の関係があるというんですかな」
アゴウが取り出したのは透明な袋に入れられた注射器であった。
注射器がどう犯行に使われたというのか、場にいるほとんどのものが首を傾げながら話の行く末を見守る。
「これは館の一階にある倉庫の中で見つけたものじゃ。使用人に確認したところ、元からこの館にあった物ではないそうじゃ。ワシはこれが犯人の持ち込んだ証拠品であるとにらんでおる」
「まさか、あなたは犯人が注射器で俳優を殺したというのですな。つまり今回の事件には毒薬が使われたということでしょうか?」
「うむ。確かに俳優を殺すだけなら毒薬でもいいのじゃろうが、今回使われた薬品はどうやら別の物だったようじゃ」
「別の物、ですか」
「その薬品とは “睡眠薬” じゃよ」
『っ!』
アゴウの言葉に僕は思わず表情をゆがめる。
僕が交換したアイテムである睡眠薬。
それをアゴウに言い当てられたのだ。
自身の心臓の鼓動が早まるのを感じる。
『おい、サイク大丈夫か。動揺が顔に出ているぞ』
『べ、別に僕は動揺などしていないぞ』
エンドウからの通信に僕は慌てて顔を伏せる。
『まあ落ち着けって。睡眠薬の使用が相手チームにバレるのは想定内なんだろ』
『あ、ああ。もちろんだ』
『ははは。ほんとサイクは心臓弱いな。もう少し楽しんでいこうぜ』
エンドウとの通信で焦る気持ちが静まるのを感じる。
大丈夫だ。睡眠薬の使用が発覚するのは想定内。
まだアゴウは僕のトリックの核には触れていない。
僕の勝利は揺るがないはずだ。
僕は必死に気持ちを落ち着け顔を上げる。
強い口調で推理を披露していくアゴウ。
推理もここからが佳境だろう。
アゴウは強い視線で正面をにらむと再び口を開く。
「俳優の殺害現場からは飲みかけのワインボトルが見つかっておる。おそらく犯人は注射器を使いワインのコルク部分から睡眠薬を注入したのじゃろう。俳優は高級品に目が無い人物だったそうじゃからな。睡眠薬入りのワインを渡され疑うことなく飲んでしまったのじゃろう。そして眠っているところをお主に殺害された」
「だから私は殺していないといっているでしょう! ……確かに俳優様が眠っていれば彼の殺害は容易になるでしょう。しかし、だからと言って10分で犯行ができる理由にはなりませんよ」
「そんなことは分かっておるわ。死体の解体が10分で終わるわけがないからのお。じゃから、睡眠薬入りのワインの役割は何も俳優殺害に使われただけではないんじゃ」
「? それはどういうことですか」
「睡眠薬入りのワインを飲んだのは俳優一人ではなかったということじゃ。社長さん、お主は館の主との会談中、眠気を感じた場面があったのじゃよな」
「はあ? あっ、ああ。確かにそう証言したが、それが今回の事件と何か関係するのか?」
突如話を振られ困惑する社長。
新たな展開に場もざわめきを帯びる。
「社長さんは館の主がトイレに向かう際眠気を感じ寝てしまっておるよな。これは社長さんが睡眠薬を摂取したためじゃろう。社長さんは館の主からワインを出されておったのじゃよな」
「ああ。だが、寝てしまったといっても5分程のことだぞ」
「うむ。じゃがな、それはお主が証言しておるだけじゃ。実際にはもっと長い間眠っていたのではないか」
「なっ、館の主に続いて今度は私のことまで疑うのか。私が眠っていたのは5分間だけだ。時計を確認していたので間違いない」
社長は館の主がトイレに向かった際に眠ってしまったと証言している。
その際に部屋にあった時計の時刻を確認し、館の主が席を立ったのが5分程であったのを確認していた。
「私は嘘などついていないぞ」
「ああ、確かにお主は真実を証言しようとしておるのじゃろうな。しかし、それが必ずしも事実であるとは限らんのお。なにせお主は館の主のトリックにより時刻を《誤認》させられておったのじゃからな」
「なっ、それは一体どういうことだ。私がだまされていたというのか。館の主がそんなことするはずないだろう」
「いいや、犯人は館の主じゃよ。使われたのは簡単な時刻の誤認トリックじゃ。社長を睡眠薬で眠らせた館の主は俳優の殺害に及んだ。死体の解体などで時間をとられるじゃろうが1時間あれば何とか犯行は終えられるじゃろう。そして犯行を終え部屋に戻った館の主は部屋にある時計の針を動かし社長が眠っていたのは5分程だと錯覚させたのじゃ。この館は携帯端末の電波も届かんそうじゃから社長さんは携帯端末をコートのポケットに入れたままにしていたようじゃな。社長さんは館の時計でしか時間を把握しておらなんだわけじゃ。これが事件の真相じゃよ。のお、館の主よ」
「違う。私はやっていない!」
「まだ認めぬというのか。俳優殺しが可能だったのはお主しかおらんのじゃ」
「いや、ちょっと待ってくれ。仮に時計の針を動かしたのだとしたら今も時刻がずれたままになっていないとおかしいはずだ。停電の際に私たちは時刻を確認しているがずれは無かったぞ」
社長から反論の声が上がる。
「それは後から正しい時刻に直したのじゃろう。社長はトイレに向かう際には時計を見ていないのじゃろう? もとから酔っておったのじゃ。館の主が多少時計をいじったところで時間の変化には気づけなかったのじゃろう」
「違う、私じゃないんだ!」
「いいや、このトリックは眠らされた側である社長さんには使えぬ。犯人は館の主、お主じゃよ」
確信を持った宣言と共にアゴウは人差し指を館の主へと突き付ける。
狼狽する館の主からはそれ以上は出てこない。
場の視線が館の主へと集中する。
決着かとほとんどの人物が思ったであろう、その時。
「あのお。ちょっと、待っていただいてよろしいでしょうか」
「? どうしたのですかな、女性使用人さん」
おずおずと議論の輪へ入ってきたのは今まで静観を決め込んでいた女性使用人であった。
「探偵様の推理では、館の主様がトイレに向かわれてから社長様の客室に戻るまでに何分も時間が経過していたということでしたが、それはあり得ません」
「……それは、どういうことですかな」
女性使用人の言葉を受け、眉を顰めるアゴウ。
今まで議論で黙っていた女性使用人から自身の推理に物言いがつけられたのだ。
通常NPCが犯人に味方することは無い。
反論があるのは推理にまだ説明されていない穴があるか、矛盾があるかだ。
反論を受けたアゴウの表情は動揺を隠しきれてはいない。
「私と男性使用人は20時から館の階段部分でワックス掛けを行っておりました。3階から順にかけ初め20時15分頃には2階から1階にかけての階段部分のワックスがけを始めました。館の主様と社長様のいた客室は一階の階段の正面にありますから、私たちが2階から1階のワックスがけを行っている間、私たちがいる場所から社長様の客室の扉を見ることが可能だったのです」
「なっ!? すると、まさか」
「ええ。20時半ごろ、社長様の客室を出ていく館の主を私達使用人は見ていたのです。そして彼が戻ってくるところも同様に確認しております。館の主が社長様の客室を離れていたのは、証言通り5分程度の間のことでした。間違いありません」
「そんな、馬鹿なことが……いったいどういうことじゃ?」
女性使用人の発言に、場に衝撃が走る。
なにせ女性使用人の証言が正しいのだとすれば、館の主に自由に動ける時間があったというアゴウの推理は根本から崩されることとなる。
「男性使用人さんよ。女性使用人さんの証言は正しいのかのお」
「ええ。私も館の主が20時半前後で客室に出入りしているのを見ています」
「ううむ。じゃが、お主らが見ておらん間に部屋を出入りしたのかもしれん。時計の時刻を操作して使用人たちが二階と一階を結ぶ階段のワックス掛けに入る前に犯行に及んだのかもしれん」
さすがにただでは倒れてくれないか。
即座に反論を組み立てるアゴウ。
……しかし、残念ながらそのロジックは間違いだ。
「それはあり得ませんよ。俳優様は20時まで生存を確認されているはずです。そして使用人たちは一階から二階にかけての階段のワックスがけを20時15分には始めています。私が社長様の客室から20時半に出ていく姿が使用人に確認されているわけですから私は20時15分よりも前に社長の客室に戻らなければならないわけです。15分程度では死体の解体は間に合わないでしょう」
「うぬぬ。しかしお主はその後にも5分のアリバイの空白が2回あるはずじゃ。その15分の空白と合わせれば25分。犯行は可能なはずじゃ」
「流石にそれは苦しいでしょう。死体の解体を行えば返り血を浴びないわけにはいきません。5分の空白では浴びた返り血の処理で時間をとられ死体の解体作業などほとんどできるわけがない」
「うぬぬぬぬ。じゃが、15分の空白を生むことができるのは確実じゃ。何か機械を使って死体を解体すれば」
「その機械とやらはどこにあるのですか。死体を解体できる機械です。分解したとしてもある程度の大きさとなるでしょうし、分解している時間もありません。それに死体を解体できるほどの出力がある機械のモーターを使用すれば音が出ないわけがない。20時15分までなら一階には私と社長の他に令嬢様もいたはずです」
「はい! 私はそんな大きな音聞いていませんね」
令嬢の言葉を受け、アゴウの顔が赤く染まる。
「うぬぬぬぬぬぬぬぬ……そ、そうじゃ! 扉から出ずとも窓があるではないか。窓から部屋を出れば使用人に目撃されることなく移動できる。それならば目撃された時刻に扉から部屋を出入りするだけで矛盾はなくなる」
「いいえ。それも道理に合いませんよ。窓は人の出入りを想定していないため、そもそも10㎝程しか開かないようになっています」
案の定、館の主から反論の声があがる。
「くっ。しかし何らかの細工をすれば窓から出入りできるかもしれないじゃろう!」
「その場合は窓が開け放たれることになりますよね。事件当時、外では橋が流されるほどの激しい雨が降っていたはずです。仮に窓を人が出入りできるほど開けられたところで今度は部屋の中に雨が吹き込んできてしまう。そうすれば社長様が目覚めたときに水浸しとなった客室の床に気づくでしょう」
「うぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ~!」
矢継ぎ早に反論を受け、とうとうアゴウは押し黙る。
相手の反論にすぐさま別の回答を用意する様はさすがだったが、残念だったな。
アゴウは僕の用意した
「さて、アゴウ。あんたの
「ううむ、仕方ないのお。どうやらワシの推理は間違っていたようじゃな。仕切り直しと行こうかのお」
「いいや、わざわざ出直してくる手間は必要ないぜ。なにせここからは俺たちの見せ場だからな」
アゴウの前に進み出るエンドウ。
今回の
自身の推理に誤りがあることに気づいたのなら僕の
僕らの推理も完ぺきとは言えないが、勝負をするならここだろう。
「まさか、お主ら」
「ああ。勝たせてもらうぜ。今度はこちらの
力強い言葉に皆の視線がエンドウへと集まる。
さあ、ここから反撃の開始だ、頼むぜエンドウ。
僕は一容疑者として事態の推移を期待を込めて見守る。
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