第九話 捜査編 side 遂理宗①

23:00 1F客室(俳優) チーム『遂理宗』 アゴウ視点


「探偵様、ここが死体発見現場です」


 ワシが女性使用人に案内されたのはチーム『デッドエンド』のターゲットである俳優の客室じゃ。

 館の一階、南側に面した客室の外には男女の二人組が控えておった。


「あなたが今回招待されたという探偵か。俺は貿易会社社長の境田さかいだ壮馬そうま。そしてこの子が娘の凛鹿りっかだ」


「わあ、探偵様というものですからコート姿をイメージしていましたが僧服なのですね! ヒラヒラしていてカーテンみたいです! とてもかっこいいですわ!」


「ホホホ。お褒めにあずかり光栄じゃ。探偵のアゴウと申す。よろしく頼むのお」


 部屋の前に待機していたのは社長と令嬢の二人じゃった。

 二人は殺人事件が起きたというのにあまり堪えた様子は見受けられんのお。

 ワシは令嬢の独特な感性から放たれる言葉をスルーし調査を開始する。


「お二人はここで何をしておったのじゃ」


「殺害現場の保存だ。現場の保存は捜査に重要なんだろ? 下手に現場を荒らしたり、犯人に偽装工作をされたりして俺たちが犯人扱いされてもたまらないからな。ここで娘と二人、現場を見張っていたんだよ」


「死体の発見後に中には誰も入っておりませんわ! ハリコミならお任せください! ……ところでアンパンはいつ差し入れられるのでしょうか?」


「……では探偵様、調査の方をよろしくお願いします」


「うむ。了解した」


 女性使用人から促され、ワシは殺害現場へと足を踏み入れる。




「うお、なんじゃこれは」


 部屋を覗いたワシの目に飛び込んできた光景を一言で表すのなら“凄惨”じゃ。

 俳優の死体は窓際に置かれていたのじゃが、その体はいくつもの部位に切り離されていたのじゃ。


 腕や足、頭は胴体から切り取られ、その胴体も真っ二つになっておる。

 その他手首や足首でも切り取られており、死体は十以上のパーツに分かれて分断されておった


「この死体は俳優のもので間違いないか」


「ええ。顔の部分に損傷はないので断言できます。本人に間違いありません」


 ワシは女性使用人に死体の身元を確認する。

 バラバラの死体を見てまずワシが警戒したのが入れ替わりトリックじゃ。

 対戦相手も誤認トリックを使うといっておったしのお。

 何かを何かの入れ替えには嫌でも敏感にならざるを得ぬ。

 俳優の死体を何か別のもので偽装しているのではないかと疑うのは必然じゃろう。

 じゃが、女性使用人からの返答を聞くに死体の人物が俳優であることは間違いなさそうじゃ。


 部屋中に飛び散った血液。

 死体の傍らには赤い液体がべっとりと付いたノコギリが置かれていた。

 

「今回の凶器はこれじゃろうか。硬いものを切ったのか刃こぼれがひどいのお」


「そのノコギリでしたら一階の物置に保管されていたものですね。おそらく犯人が凶器として持ち出したのではないでしょうか」


「物置には誰でも立ち入ることができたのかのお」


「はい。特に鍵などはかけられていませんでした」


 部屋を見回す。

 窓は最初から開いており鍵もかかっていない。

 しかし、窓の開口部は小さく人が通れる大きさには開かぬ。


 窓から外を覗くと正面には発電機が見えた。


「そういえば停電が起きたのじゃったな」


「はい。停電が起きたのは22時頃です。ですが、すぐに発電機が作動しましたので混乱は起こりませんでしたね」




 部屋の中には壁にいくつか傷がついておった。

 犯行時についたものじゃろうか。

 ワシはそれらの傷の中から気になる物を見つける。

 窓枠に他の傷とは違う何かがこすったような線状の傷がついていたのじゃ。


 犯人が何か糸のような細いもので部屋にトリックを仕掛けたのじゃろうか。

 糸と言えばまず真っ先に思い浮かぶのは施錠トリックじゃが。


「事件当時この部屋のドアに鍵は掛かっておったのかの?」


「いえ。死体発見時部屋の扉は開いておりました」


 うむ。どうやらこの部屋には鍵が掛かっていなかったらしい。

 それなるとこの糸の痕はなぜついたのじゃろうか。


「鍵が開いていたのならだれでもこの部屋には出入りできたのじゃな」


「いいえ。それが、私が知る限り俳優様の犯行を行えた人物は一人もいないのです」


 使用人の言葉に、アリバイの自動生成の言葉がよぎる。


「それは難儀じゃのお。理由を伺ってもよいか」


「もちろんです。まずは館の人間のアリバイから話をしましょう」




 ~~~~~


・時系列


19:00

夕食会が終了 この時点では全員が食堂に居た

館の主と社長は社長の客室へ移動

コックは厨房へ移動


19:30

宝石商は宝石商の客室へ移動


20:00

俳優は俳優の客室に移動

令嬢は令嬢の客室に移動

男性使用人と女性使用人は階段のワックス掛けを開始


20:15

令嬢は階段のワックス掛けをする使用人の下に移動


20:30

館の主は一階のトイレに移動 5分で社長の客室に戻る


21:00

ワックス掛け終了

男性使用人と女性使用人は使用人室に移動

令嬢は令嬢の客室に移動


21:05

令嬢は使用人室に移動


21:50

社長は一階のトイレに移動 5分で社長の客室に戻る


22:00

停電発生 数秒で停電は復旧


23:00

探偵は館に到着

宝石商、俳優の死体が発見される


~~~~~



~~~~~


・アリバイの空白


館の主、社長

20:30から5分、21:50から5分


コック

19:00以降


令嬢

20:00から15分、21:00から5分


~~~~~



「――以上が館にいた者のアリバイとなります」


「なるほどのお。アリバイに空白があるのは館の主、社長、コック、令嬢の四人というわけじゃ」


 女性使用人から各人のアリバイを聞き終えたワシは首をひねる。


「じゃが、三階に居たコックはともかく館の主、社長、令嬢は一階に居たわけじゃろ? アリバイに空白がある以上、その三人になら俳優の殺害は可能であると思えるのじゃが」


「ええ。殺害だけなら可能でしょう。ですが三人のアリバイの空白は一番長い令嬢様でも20分です。死体はいくつものパーツに分割されておりました。20分でそんなことができるとお思いですか?」


 女性管理人の言葉にワシは死体の状況を思い返す。

 チェーンソーなどの特殊な道具を使えばあるいは20分でも犯行は可能であろうが、ただの人間には……


「不可能であろうな」


「ええ。令嬢様のような小柄な方は当然、館の主や、社長のような大の大人でもそんな真似ができるとは思えません」


 ゆえに誰にも犯行ができない、か。


『ウンサイ、お主になら20分あれば死体の分解は可能かのお?』


『いいえ。もとの肉体でも難しいかと。仮の肉体であるこのアバターであればなおさらです』


 ワシの視界に映る死体の姿を確認したのじゃろう、ウンサイから返ってくるのは予想通りの返答じゃった。

 ウンサイでも無理なら死体の解体には相当な時間が掛かるとみるべきじゃろう。

 そうなると対戦相手が使ったのはアリバイトリックとなるのかのお? 

 ワシの予想とは異なるのじゃが、さて。どこから手を付けるべきか。


 筋肉量はアバターの体格により大きく左右される。

 小柄な人物が怪力の持ち主じゃとかいう超展開は真犯人オンラインの中ではありえないのじゃ。

 それならば死体の解体を行ったのは体格に恵まれたアバターの持ち主であると考えるべきじゃろうが、どの人物にもアリバイが存在する。

 犯行時アリバイに穴がある容疑者は三階に居たコックを除けば館の主、社長、令嬢の三人じゃ。

 五十代の男性二人とまだ十代と思しき少女。

 その内の誰かがこの惨状を作り出せるかと考えると、答えはNOじゃ。

 人体の解体なぞ時間が掛かってしまい、特に令嬢はのこぎりで人体を切断することすら難しいじゃろう。

 しかし、犯人は何らかのトリックを使いこの惨状を作り出したはずじゃ。


 それに、他にも疑問はある。

 部屋の中は血こそ派手に飛び散っているが争った形跡は見られないのじゃ。


 ノコギリで相手を切りつけたとして一撃で絶命させることはどんな使い手でも不可能じゃ。

 つまりターゲットと争わずにノコギリを凶器とするには殺害前事前にターゲットを抵抗できないよう無力化しておく必要がある。


 かといって凶器がノコギリで無いとしても犯行が難しいのには変わりがない。

 例えばチェーンソーなどの機械を使えば短い時間で死体を分割することも可能じゃろうと思う。

 じゃが、そんな機械を用いれば騒音と呼べるレベルの音が発生するはずじゃ。


 犯行現場の隣には社長の客室がある。

 社長の客室には犯行時刻の間、館の主と社長が居たはずじゃ。

 社長に確認したが不審な物音は聞いていないという。

 そうなると人体を切断できて物音がそこまでしない機械となるが、そんな都合のいい代物は真犯人オンラインには存在しない。


 ワシは思考を巡らせながらも手は止めることなく殺害現場の中を探っていく。


「? これは、ワインかのお」


 調査を続けると部屋の冷蔵庫に一本だけ入った飲みかけのワインボトルが見つかった。

 見れば一本百万はくだらない高級ワインじゃ。

 これは俳優の持ち込み品じゃろうか。

 現実世界でなら殺人現場であっても飲んでしまうところじゃが、残念ながらここは真犯人オンラインの世界。

 アバターの味覚情報までは再現されない。


 その後も調査を続けるが殺害現場には他にめぼしい証拠は見当たらなかった。

 俳優の荷物が見つかり中には演技に使うのだろう白粉や血のり、次回の舞台の台本などが見つかるがその程度じゃ。

 そろそろ場所を変えるとするかのお。


「このノコギリは倉庫にあったのじゃな」


「ええ。一階の倉庫の中に保管されていたものです」


「うむ。では次はそこを探ってみるかのお」




23:06 1F倉庫 チーム『遂理宗』 アゴウ視点


 女性使用人からの話をもとに、ノコギリの保管してあったという倉庫へと移動する。


「工具箱があるのお。ノコギリはこの中に仕舞われておったのか?」


「ええ。昨日私たちが点検した時には確かにその中に保管されていました」


 工具箱の中にはノコギリは入っていなかった。

 現場に置かれていたのこぎりはここから持ち去られたとみて間違いないだろう。

 工具箱の中を見直すと奥の方に気になるものを見つける。


「これは、何かのお。なぜこんなところに置かれているのか」


「それは、注射器でしょうか? 倉庫には保管されていなかったものだと思います」


 ワシが工具箱の奥から見つけたのはガラス製の注射器じゃった。

 女性使用人もワシの持つ注射器を見て首を傾げる。

 注射器には使用された形跡があり、筒の中に透明な液体が付着しておった。

 女性使用人の言葉通りなら何者かがここに注射器を持ち込んだことになる。

 ノコギリの件も鑑みてそれを行ったのは十中八九、対戦相手であろうのお。


 殺害現場で見つかったワイン、倉庫で見つかった注射器。

 そしてターゲットが無力化されておったと考えられる殺害現場の状況を考え合わせるとこれらのアイテムの使い道が見えてきおる。


 おそらく俳優は殺害時、睡眠薬入りのワインを使い眠らされていたのじゃろう。

 俳優が高級嗜好を持っていたことはアリバイの聴取の際に確認済みじゃ。

 犯人からワインを受け取った俳優はそれを疑うことなく飲んでしまったのじゃろう。

 そして眠らされたと所を犯人に殺されたのじゃ。



 倉庫の中の調査を続けたが、それ以上気になる物は見つからない。

 ううむ。事件の輪郭は見えてきたようじゃが、まだ核心部分ははっきりとせんのお。


 犯人はどうやって被害者の遺体をバラバラにしたのじゃろうか。

 いや、そもそもなぜ犯人は死体をバラバラにする必要があったのじゃろう。

 ワシは頭を働かせながらも、調査を続けていった。

 


 




 



 


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