第八話 VS 遂理宗 捜査編③
*
23:06 2F客室(宝石商) チーム『デッドエンド』 エンドウ視点
足を踏み入れた先に広がるのは凄惨な光景だ。
対戦相手の構築した殺人現場を前に俺は胸を高鳴らせる。
殺人を構築するトリックには必ず相手の意思が込められている。
探偵である俺はその意思と対峙し、超えていかなければならない。
犯人と探偵。意思と意思の熱きぶつかり合い。それが事件調査だ。
「ここからは探偵の仕事だ。あんたらは外で待っていてくれ」
「わかりました。エンドウ様、事件の調査をよろしくお願いします」
俺は使用人たちを現場の外へと遠ざける。
彼らの中に対戦相手のプレイヤーがいないとは限らない。
下手に部屋の中を荒らされてもかなわないからな。
『おい、エンドウ。調査の方は進んでいるか』
『おう。今から事件現場を調べるところだぜ』
俺が事件現場の調査に乗りかかる寸前、サイクから通信が入ってきた。
『おいおい、あまりのんびりしてるなよ。僕は演技が苦手だ。相手に取り調べる時間をあまり与えないでくれよ』
『かはは。了解だ。最速で調査するから、サイクも秘密の暴露なんかして自白同然の醜態はさらさないでくれよ』
『……善処する』
どうやらサイクの方は相変わらずのコミュ障を発動させているようだな。
これはあまりのんびりしちゃいられねえか。
ぱっぱと調査を進めてしまおう。
「それじゃあ、まずは死体から調べるか」
部屋の中央に仰向けに転がる宝石商の死体。
喉には真一文字に切り裂かれた傷があり、そこから大量の血液が噴き出した痕がある。
パッと見た限り他に大きな傷は見えないことから、この傷が致命傷で間違いないだろう。
傷口の綺麗さを見る限り凶器は鋭い刃物だ。
そして死体のそばに転がる抜き身の日本刀。
刀身は血で汚れており、死体の傷口と痕跡が一致していた。
部屋の中には血が飛び散っているが、争ったような形跡は見られない。
犯人はターゲットを日本刀で一撃のもとに殺傷したものと思われる。
「それにしても凄い血の飛び散り方だな」
俺は部屋を見回し感想を漏らす。
血は部屋中に飛び散っていた。
死体の倒れている部屋の中央からは放射線状に血の跡が伸びていた……おや?
「ここだけ血が不自然に途切れているな。ここには何か物が置かれていたのか」
「いえ、窓の前ですよ? 窓を隠すように物を置くわけがないでしょう」
部屋の外から俺の疑問に答える館の主。
その言葉に俺は違和感を強める。
血の跡が窓の部分だけきれいに途切れているのだ。
窓の上側、下側には血が付いている。しかし、窓の部分だけは血が付いていない。
犯人が血をふき取ったにしてもここまできれいに痕跡がなくなることは無いだろう。
これは……犯行当時、窓は開いていたということか?
その証拠に窓の付近を調べると窓の下の床はぬれていた。
おそらく事件当時降りしきっていた雨が開けた窓から吹き込んだのだろう。
そして窓が開いていた理由として思い浮かぶのは、犯人がこの窓から室内に侵入した可能性だ。
確か宝石商の客室の下は社長の客室、上は厨房だったか。
ここは二階であるが例えば100HPの梯子を交換すれば一階からでも侵入ができるだろうし、100HPのロープや150HPのワイヤーを使えば伝って上の階から降りてくることも可能だろう。
いや、ワイヤーは金属製なだけあって耐久面では一本で数百キロの物を支えられるが、素手で触れれば皮膚が切れてしまうほどその表面は刃物のように鋭利だ。
上から降りてくる際に使うのならロープの方だろう。
「ありゃ? なんだこれ。開かねえぞ」
俺は確認のために窓を開けようとするが、なぜか窓を押しても10㎝程開くばかりでそれ以上は開かない。
「ああ。ここの窓は転落防止のために少ししか開かないようになっているのですよ」
俺の様子を見て館の主が説明をする。
確かに窓の開口部の端には、窓の開閉を制限するロックがつけられていた。
窓が開くのは本当にわずかだけで、これでは腕を通すこともできない。
「この館の窓はすべてこの仕様なのか?」
「いや、窓に転落防止機構が施されているのは客室と展示室だけですな。一階の浴室と従業員室、二階の従業員室、三階の食堂と厨房の窓は全開まで開くはずです」
窓を注意深く確認する。
窓の開閉を制限する機構部分には細工の痕は見られない。
窓枠は太いボルトで外側から固定されており素手でゆすったところでびくともしなかった。
うーん。窓が開かないのなら血痕はどうしてこんな不自然な途切れ方をしているんだ。
雨水で血の跡が流されたにしても血のついていた痕跡ぐらいは残るはずだがそれもない。
俺は頭を悩ませる……
「うん。わからん。ならば行動あるのみだ」
俺はその場で考えをまとめることをあきらめ、動き始める。
調査すべき場所はまだ残っている。
ならばまずは動くべきだ。
考えることは動きながらでもできるからな。
密室トリックでトリックが仕掛けられている可能性が一番高い場所。
それは出入口だ。
「よし。階段を調べるぞ」
階段により閉ざされた今回の密室。
やはりそのカギは出入り口にあたる階段にあるのだろう。
俺は階段を調べるべく移動を開始する。
*
23:10 2F階段
部屋を出た俺は階段へと到着する。
「まだ掛けたワックスは乾いていないな」
「ええ。あと2時間ほどは乾くまでに時間が掛かるかと思われます」
何人もの人間が通ったことで足跡が残る階段。
俺たち探偵が到着した時、この階段には一つも足跡が無かったという。
階段の構造は一,二階をつなぐものと、二,三階をつなぐもので同じ構造だ。
各階をつなぐ中央部分に踊り場が設けられており、そこで180度折り曲がる。
階段は一階と二階をつなぐもので十三段。
ワックス掛けは段差部分だけでなく手すり部分にもくまなく施されている。
「これじゃあどうやっても足跡をつけずに階段を上ることはできねえな」
「ええ。探偵様が到着した時に足跡が残っていなかったのは私達使用人と館の主が確認しています。犯人はいったいどうやって宝石商様のお部屋へ行かれたのでしょう」
「うーん」
俺は首をひねる。
階段が直線であれば何か道具を使えば上ることもできそうだが、途中で折れ曲がっているとなると……足跡をつけずに移動するのは難しいよなあ。
つけた足跡の上からワックスを重ね塗りすることもできるだろうがそれだとムラができてしまう。
手すり部分にもワックス掛けがされている以上、手すりの上を伝って移動することもできそうにない。
後考えられるルートは壁や天井に張り付いて移動することだが、さすがに対戦相手も人間はやめていないだろう。
せめてどこかロープでもひっかけられるところがあればいいのだが、天井や壁にそのような突起は見られないしな。
『サイク。お前ならどんなトリックを使ってこの階段を移動する?』
俺は思考を切り替えるためにサイクへと通信を入れる。
『エンドウ様……じゃねえ、エンドウか。いきなり話しかけてくるな!』
『ぷっ。かはは! そっちは取り込み中みたいだな』
『ああ。慣れない口調を使っているせいでいつボロが出るかひやひやしている』
俺は不器用な言葉づかいで話すサイクの姿を想像し顔をにやつかせる。
きっと冷や汗をかいているに違いねえ。
『犯人役は大変だな。それでサイク、お前ならこの階段をどう攻略する?』
『難しい質問だな。だがあえて答えるとするなら、そもそも僕はこの階段を使わない、だな』
サイクの禅問答みたいな答えに俺は思わずつんのめる。
『おいおい、ふざけている場合かよ。別にお前が実際にトリックで階段を使うかどうかを聞いているわけじゃねえんだって』
『それは分かっている。だがこの階段にトリックを仕掛けるのは明らかに悪手だ。デメリットが大きすぎるんだよ』
階段にトリックを仕掛けるデメリット?
なるほど、犯人独特の目線。
俺には無い発想だ。
『もう少し詳しく説明してくれないか』
『階段は最も注目を集めやすい経路だ。真っ先に調べられるとわかっているのにあえて階段を侵入経路に選ぶことは僕ならしない』
『なるほどな。言われてみれば確かにそうだ。現に俺も侵入経路として真っ先に疑ったからな』
『それに階段は僕の視点から見ても細工がしづらい造りになっている。ワックス掛けが施されている以上床に足をつけての移動はできず、かといって壁や天井に捕まれるような突起は無い。何か道具を使うにしても、人間一人の体を運ぶにはそれなりに大きな装置が必要になってくる。そんなものを使えば痕跡が残らないはずがない』
『なるほどな。つまりサイクは対戦相手の侵入経路は階段ではないと踏んでいるわけだな』
『まあそうなるな。とはいえあくまで僕ならという話だ。対戦相手が何らかのトリックを使い階段を移動し、痕跡を残している可能性もある。調査はしっかりしておけよ』
『ああ。そこは手を抜かねえよ。俺は名探偵であって、占い師ではねえんだ。証拠がそろわないうちに真相を言い当てることなんてできねえからな』
『はは。違いない、っと。こっちの探偵が僕の方へ来るようだ。通信を切るぞ』
俺が返事をする前にサイクとの通信は一方的に切られる。
ちっ。連れねえな。だが、サイクとの会話のおかげで頭の中の整理ができた。
俺は見落としが無いよう慎重に階段を時間をかけて調べていく。
階段の調査の結果、階段に不審な痕跡は見られなかった。
ワックス掛けが施された階段を痕跡を残さずに移動するのはまず不可能だろう。
こうなると……対戦相手は他の経路を使ったと考えるのが妥当か。
他の経路と言えば。
その時、俺の頭には窓の所で不自然に途切れた血痕が浮かんだ。
犯行現場は二階で、窓は10㎝程度しか開かないようにロックがかかっている。
無理に開けようにもかけられたロックには細工の痕跡はなく、窓枠は外側からがっしりとボルトで固定されている。
一見侵入は不可能に思えるが……俺の頭にはサイクとのゲームショップでの対戦で使われたあるアイテムの存在が頭に浮かんだ。
あれを使えば、もしくは。
『--というわけなんだが、サイクはどう思う』
俺は確信を得るためにサイクへと推理を伝える。
『ああ。それならば犯行は可能だろう。そして、もしそんなトリックを対戦相手が使ったのだとしたら……あいつら絶対に許せねえ!!!!!』
『ぬお!? サイク、いきなりどうした』
突然のサイクの怒気をはらんだ口調に俺はただただ驚く。
『何をそんなに怒る必要があるんだ。殺人ゲームに殺し方の良し悪しなんて今さらだろ』
『ああ。もちろん僕は人殺しに怒っているわけではないさ。だが、対戦相手が使ったトリック、これだけはミステリー作家として許せない! エンドウ。この勝負、絶対に勝つぞ!』
『おっ? おお。もちろん元からそのつもりだぜ!?』
サイクの逆鱗に何が触れたのかは分からないが闘気が増したのなら結構なことだ。
サイクからのお墨付きを受けた俺は最後の物証を固めるためにある場所へと移動する、だが。
『探偵アゴウが
『一定時間経過後、すべての人物は三階食堂へと強制招集されます』
対戦相手の
ちっ、先を越されたか。
俺が内心舌打ちをするうちにアバターがまばゆい光に包まれる。
仕方ない。まだ決定的な証拠はつかめていないがこの手札で勝負するしかないようだ。
俺は覚悟を決め、視界の切り替わった先に立つ探偵アゴウのアバターと対峙したのだった。
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