第七話 VS 遂理宗 捜査編②

23:06 2F客室(宝石商) チーム『デッドエンド』 エンドウ視点


 対戦相手のターゲットである宝石商の死体。

 その死の真相を探るべく俺は殺害現場の調査を開始する。


「殺害現場である二階の客室には誰も侵入できなかったそうだな。まずはその状況を確認しておきたい。宝石商の生存が最後に確認されたのは何時ごろだ?」


「宝石商様の生きた姿が最後に確認されたのは全員が集まった夕食の席だったと思われます」


 俺の質問に応えるべく名乗り出てきたのは男性使用人だった。


「19時半に夕食を終えられた宝石商様はそのまま客室へと移動されました。二階からはワックスがけの影響で20時以降出られないため宝石商様は死体が発見されるまでずっとお部屋にいたはずです」


「なるほどな。じゃあ、他のメンバーの行動はどうなっているんだ」


「そうですね……まずは、私達使用人の行動から説明いたしましょう。私達二人は食堂で会食後、20時に館の主の命でワックス掛けを開始しました。三階の階段から順に掛け始め、一階まで終えたのが21時のことでした。その後は探偵様がいらっしゃるまではずっと使用人室に居りました」


「あんたが今言ったことが正しいと証言できる人物はいるか」


「はい。私と女性使用人は食堂を出て以降常に行動を共にしておりましたので証明は可能でしょう」


 男性使用人と女性使用人は常に行動を共にしていた。

 裏取は必要だが、証言に偽りがなければ二人に犯行は不可能だ。




「では次に館の主さん。あんたの行動を聞かせてもらおう」


 俺は聴取の矛先を館の主に変更する。


「私は夕食後、19時に社長さんと共に彼の客室へと行き、そこでずっと談笑をしておりましたな」


「ずっと、というと一度も一人になる場面は無かったのか?」


「ええ……まあ、トイレに行くぐらいは席を開けたことはありますがほとんどずっと社長とは一緒に居ましたよ」


「トイレ行ったというと具体的には何時ごろのことだ」


「……探偵殿はずいぶんと細かく人の予定を確認されるのですな」


「漏れがあってはあんたたちの為にもならないからな」


 怪訝な表情を浮かべる館の主。

 たとえわずかなアリバイの空白であってもその間にできることはある。

 こういう隙間をつぶしておかないと後で痛い目を見るからな。


 探偵の肩書による発言力アップの効果もあるのだろう。

 俺の言葉に納得した館の主は再び自身のアリバイを語り始めた。


「わかりました。お答えしましょう。たしか、私と社長はそれぞれ一度ずつトイレに立っていますね。時刻は……私が20時半頃、社長さんが21時50分頃のことだったはずですな。どちらも時間としては5分程のことですよ」


「うん? あんたはともかく社長の方は10分刻みとはずいぶん正確な時刻だな」


「え、ええ。社長がトイレから戻られた直後に停電がありましたからな。停電が起きたのは22時ちょうど。逆算すれば時間は分かりますよ」


 停電か、これも通行禁止と同じ舞台仕掛けステージギミックだったよな。

 22時から数秒間だけ起こる停電イベント。

 地上から館までを結ぶ送電線が嵐により切れて停電が起こるのだ。

 館には備え付けの発電機があってすぐに電気が復旧するためあまり今回の事件調査では気には留めていなかったな。 


「なるほど。アリバイは把握した。それぞれが5分ずつトイレに立っているということは相手がトイレに行っている間もアリバイは無いわけだよな。つまり館の主と社長の二人にはそれぞれ10分間ずつアリバイに穴があるわけだ」


「ええ。ですが、私たちが話していた社長さんの客室は一階にあります。いくら単独行動ができる時間があっても二階には移動できませんよ」


「そういうのはこちらが後で考える。事実をはっきりさせるためにもまずは全員のアリバイの把握が必要だ。では次はコックさん。あなたの事件当時の行動を聞かせてもらおう」


 俺はこの場にいる残る一人、コックに視線を向ける。




「僕ですか? 僕はずっと厨房で仕込みを続けていましたよ。夕食以降、厨房からは一歩も外に出ていません」


「それを証明できる奴はいるか?」


「食事の準備は一人でやっているのでいませんね。使用人さんは食器を下げに来るなどしていたので19時までは僕が厨房にいたということを証言できるはずですが……でも、僕にも俳優さんを殺すことは不可能ですよ」


「それはどういうことだ」


「部屋の配置の問題です。厨房は三階にあり、食堂の奥に位置しています。厨房から他の階に移動するには食堂を通る以外に経路はありません。19時の時点で僕が食堂にいたのは使用人が証言できます。20時までは常に食堂に人がいたし、それ以降は階段を使用できなかった。僕が誰にも見られずに犯行現場である二階に移動することは不可能です」


「男性使用人さん。今の証言は本当か」


「はい。私はコックと19時に顔を合わせていますね。少なくとも19時の時点でコックが厨房にいたことは間違いありませんよ」


 使用人の言を受け、これで館の主、使用人の二人、コック、社長が犯行時刻内に二階には行けなかった理由は判明した。

 そうなると残るアリバイが未確定の人物はサイクのターゲットであった俳優と、社長令嬢か……俳優の方はともかく令嬢のアリバイを確認しないわけにもいかないわな。


「誰か俳優と社長令嬢の動きを証言できる奴はいないか」


「お二人のアリバイでしたら私が証言できますよ」


 男性使用人が名乗りを上げる。


「それは助かる。よろしく頼むぜ」


「はい。俳優と令嬢様は夕食後、20時に私たちと共に食堂を離れています。お二人ともそのまままっすぐに自身の客室に向かわれました。俳優様の生きた姿を見たのはその時が最後になります。一方令嬢様はお部屋に戻られた後、20時15分にワックス掛けを行っている私たちの下へといらっしゃいました。彼女の父親である社長は館の主と話し込んでいたので一人で寂しかったのでしょう。ワックス掛けが終わる21時まで令嬢様は女性使用人と話しながら私たちの作業する姿を眺めておいででした。21時になると一度一階で解散しましたが、5分程もすると私達の居る使用人室に令嬢様は訪ねてこられました。以降、探偵様方がいらっしゃるまで令嬢様とは一緒でした」


「うーん。なんだかややこしいな。ええっと、俳優の方は置いておくとして、令嬢のアリバイは20時から15分、21時から5分の空白があるわけだな」


「はい。ですがその空白の時間、令嬢様は階段を使用していません。二階には侵入できなかったはずです」


 使用人の言葉に俺は小さくうなずく。

 これで全員のアリバイが判明した。

 俺はデバイスを目線で操作し、情報ウィンドウを表示する。




~~~~~


・時系列


19:00

夕食会が終了 この時点では全員が食堂に居た

館の主と社長は社長の客室へ移動

コックは厨房へ移動


19:30

宝石商は宝石商の客室へ移動


20:00

俳優は俳優の客室に移動

令嬢は令嬢の客室に移動

男性使用人と女性使用人は階段のワックス掛けを開始


20:15

令嬢は階段のワックス掛けをする使用人の下に移動


20:30

館の主は一階のトイレに移動 5分で社長の客室に戻る


21:00

ワックス掛け終了

男性使用人と女性使用人は使用人室に移動

令嬢は令嬢の客室に移動


21:05

令嬢は使用人室に移動


21:50

社長は一階のトイレに移動 5分で社長の客室に戻る


22:00

停電発生 数秒で停電は復旧


23:00

探偵は館に到着

宝石商、俳優の死体が発見される


~~~~~



~~~~~


・アリバイの空白


館の主、社長

20:30から5分、21:50から5分


コック

19:00以降


令嬢

20:00から15分、21:00から5分


※ただし館の主、社長、令嬢は一階、コックは三階の厨房に居り、宝石商殺害の犯行現場は二階の宝石商の客室である。

 階段は20時以降ワックスがけにより使用できなかった。

 また厨房と階段をつなぐ食堂には20時まで人がおり、人目につかずに移動することは不可能だった。


~~~~~




「なるほど。アリバイに空白のある者はいるが、彼らが犯行現場である二階の宝石商の客室に行くには階段を通らなければならない。そして、階段は使用不可能だった」


 俺の宣言に場は異様な空気に包まれる。

 くっくっく。どうやら本当に対戦相手は密室トリックで挑んできたようだな。

 密室崩し。燃えてくるじゃねえか。

 

 今の情報だけを聞けばワックス掛けにより階段が使用できず、二階にある犯行現場には誰も侵入できなかったように見える。

 だが、本当に侵入不可能であれば犯行は不可能だ。

 そこには必ずどこかに抜け穴があるはずだ。


「こうしちゃいられねえ。さあ、どんどん調査していくぜ」


 俺は事件現場へと視線を向ける。

 まず調査すべきは宝石商殺害の犯行現場であるこの部屋からだろう。

 俺は目標を定め行動を開始する。


 

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