第四話 試合前 side 遂理宗
*
チーム『遂理宗』 ウンサイ視点
決戦の前。
精神を研ぎ澄ませるこの感覚はまさしく修行のそれである。
『聞こえたぞ』
極限まで研ぎ澄ました我が聴覚が捉えたのは、対戦相手の口から発せられた微細な音であった。
我らが所属するは宗教法人『遂理宗』。
人が死ななくなった現世では、人は死という終着点を失った。
目指すべき目標無く鍛錬できる人間などいるはずがなく、そんな迷える人々を真理という人が目指すべき境地に導くのが我ら遂理宗の役目である。
真理に近づくために日々鍛錬に次ぐ鍛錬を繰り返す。
精神、知能、肉体などあらゆる面がその対象である。
昼夜問わず繰り返される鍛錬により磨かれた自身の肉体は、すべての面において超人的な能力を発揮する。
『ウンサイよ。どうやら対戦相手の作戦内容を拾えたようだな』
我の耳元に合成音声で再現された師の声が届く。
『ええ、アゴウ様。対戦相手の一人であるサイクの口から、ただ誤認トリックとだけ漏れ聞こえてきました』
『おお、それは重畳じゃ。この勝負ワシらの勝ちであるぞ』
かっかっか、と。師の笑い声が耳元響いた。
我が師であるアゴウ。
40年にも及ぶ鍛錬により鍛え抜かれた師匠の肉体はまさしく超人と呼ぶに相応しい。
さすがに寄る年波には勝てず筋力面でこそ我に劣るが知能や精神面では千を超える修行僧の中で群を抜く。
その師匠が発した必勝の言。それはもはや予言と言っても差し支えは無い。
真犯人オンラインがアバターを介してのプレイである以上、我ら修験僧の鍛え上げた肉体が直接試合に影響することはない。
しかし、鍛え上げた己の超人的な
皮膚感覚を延長し空気の振動をとらえる鍛錬。
それにより鍛え上げられた我の聴覚をもってすればどんな些細な音でも拾い上げることができる。
どうやらサイク殿は真犯人オンラインの初心者であるらしい。
本来仲間との通信は頭の中で言葉を思い浮かべるだけで意思を伝えあうことができる。
しかし、サイク殿は仲間との通信の際にわずかだが内容を声に出してしまっていた。
普通であればミスにさえならない些事。
だが我の超人離れした
『しかし、師匠。相手が誤認トリックで来るとわかったところで、誤認の対象なんて無数にあります。これでは何もわかっていないのと同じではないでしょうか』
『ふっ。甘いのお。相手がわざわざ誤認トリックで行くと共犯者に告げているのじゃ。例えば扉に鍵がかかっていると偽装するのなら密室トリックというだろうし、アリバイをごまかすのならそれはアリバイトリックというじゃろう』
『なるほど。つまり、誤認トリックという言葉から相手のトリックは絞れるのですね……ですが、相手が使うのはいったいどういう類のトリックなのでしょう』
我の疑問にしばし沈黙が流れる。
肉体的強度はアゴウ様より我が上であるが、精神的、知能的強度では我とアゴウ様では鍛錬の年季が違う。
我が担うのは強化された感覚を使った殺害の実行役であり、作戦の立案は主にアゴウ様が担当している。
『ワシにも相手のトリックを特定することはできん。じゃが、先ほども例に出したように密室トリックやアリバイトリックと言ったメジャーな分類のトリックではないというのがワシの考えじゃ。ゆえにそこが相手の弱点じゃ!』
『師匠。それはどういうことでしょう』
『相手がアリバイトリックを使ってこないということは、相手には犯行時刻のアリバイが無いということじゃ。そこにワシらの犯行が行われたとされる時刻を合わせるとどうじゃ?』
『なるほど。我らの犯行を相手が行ったように偽装できるわけですね』
『ああ。そういうことじゃ。もちろんワシの考えが必ず当たるとは限らんし、本命としているトリックのほかに相手はきちんとアリバイを用意してくる可能性の方が高いから、策が不発になる可能性も高いがのお』
さすがは師匠だ。
策を練るだけでなく、失敗した先をも見通している。
我の見る限り師匠の策に穴は無いように思える。だが。
『……師匠。ここは我に犯行計画を任せてくれませんか』
我は師匠の必勝の策に待ったをかける。
『うん? どうしたのじゃ、ウンサイ。ワシの提案に穴があるとでも?』
『い、いえ! 決してそのようなことは』
『では、なぜじゃ』
『我はただサイク殿と真っ向勝負がしたいのです』
我はまっすぐな思いを師匠に伝える。
『? これは対等な条件による戦闘じゃぞ。お前の聴覚はお前自身の誇る武器じゃ。それを使ったところで攻められる道理はない。お互いに出せる全力を持ってして戦うのが真っ当な勝負だとワシは思うぞ』
『相手のトリック。それを真っ向から受け、上回る。それこそが遂理宗の掲げる理の追求ではないでしょうか。我はサイク殿のトリックと、そしてエンドウ殿の推理と正面から勝負をし勝利したいのです』
しばし流れる沈黙。
師匠は我の考えを青いと笑うだろうか。
だが、盤外戦術ではなく、正々堂々ゲーム内のルールにのっとり戦いたい。
それが我の意思であった。
『分かった。好きなようにせい。ただし、ワシは誤認トリックの対策アイテムを使わせてもらう。それは止めるなよ』
『はい! もちろんです』
師匠の言葉に思わず笑みがこぼれる。
我の未熟は分かっている。
必勝の策に負ける可能性が出てくるのだ。
だが、それでも自身の力を試してみたいのだ。
『かっかっか。いい返事をしおる。ウンサイ、お前は少しまじめすぎるぐらいだからな。このぐらいのわがままは大目に見よう。じゃが、必ず勝つのじゃぞ』
師匠の言葉に我は頷く。
師匠の顔に泥を塗るわけにはいかない。
我は自身の策で対戦相手を上回るべく懸命に犯行計画を組み立てていった。
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