第ニ話 犯行開始
*
9:00 公明ドーム 中央グラウンド
『ミステリーは最もフェアなエンターテイメントである!』
場内に響くアナウンスの熱気が、静寂に包まれていた朝方のドーム内を覆う。
真犯人オンライン地方予選大会の会場である公明ドームには100人を超えるプレイヤーが集まり、賑わいを見せていた。
試合の実況を務めるのは地方テレビ局でスポーツ実況を主な職務とするアナウンサーであった。
そう、一地方大会にすぎないこの大会はテレビ局数社による中継がなされるほどの注目を集めている。
さすがは世界でトップシェアを誇るゲームの大会だ。
はっきりとした活舌の下、確かな熱気を伴った弁舌が会場中に響く。
『ノックスやヴァン・ダインなど、著名なミステリー作家により定められたいくつものルールが保証する公明性。読者には解決編に至るまでに真相に至るために必要なすべての手がかりが与えられ、推理による作者と読者の純粋な勝負が繰り広げられる。それがミステリーだ!』
『……だが、ミステリーはエンターテイメントであるがゆえに最後には必ず真実が明らかになる。作者と読者の間では確かにフェアな勝負を行うことができるだろう。だが物語の主役である探偵と犯人の間ではどうだろうか。犯人は必ず敗れる運命にあり、探偵に全ての罪を暴かれる存在でしかない。探偵と犯人の間における非対称性を無視してミステリーが真の意味でフェアであるといえるだろうか。私は否であると声を大にして言いたい!』
『犯人の敗北が決定された理不尽。これに真っ向から解決策を示すのが真犯人オンラインだ! “対称性”対戦型不可能殺人構築ゲーム。同一陣営が犯人役と探偵役の双方を担当することでミステリーは真の意味でフェアな勝負となったのだ!』
『誇り高き犯人達よ。磨き上げたそのすべてを用いてトリックを組み立て、美しき不可能殺人を構築せよ!』
『明敏なる頭脳を持つ探偵達よ。難攻不落の迷宮に挑み、その深淵に潜む真相を明らかにせよ!』
『さあ、舞台は整った。真犯人オンライン地方予選大会関東ブロックの開幕だ!』
「「「「「 うおおおおおおおおおお!!! 」」」」」
実況者の声に反応し会場中から拍手が巻き起こる。
今から起こる戦いの予感に皆が内なる衝動に任せ声を上げる。
周囲の熱気に圧倒されながら、僕自身も心の奥から燃え上がる熱き思いを確かに感じ取っていた。
今から出会うであろう好敵手との闘いを思い、僕も周りの人間同様声の限り雄たけびを上げた!
*
9:30 公明ドーム 西側通路
「いやあ、今の演説すごかったな! 聞くだけで心の中の炎をたぎらせるような。いい感じだぜ!」
僕の隣で獰猛な笑みを浮かべるエンドウ。
その高ぶる気持ちは僕にだってわかる。
「あまり人込みは好きじゃないんだが。うん。たまにはこういう喧騒もいいかもな」
周囲に漂う熱気を浴びながら僕の口角も自然と吊り上がる。
真犯人オンライン地方予選大会関東ブロック。
全国屈指の強豪が集うこの関東ブロックの大会は、予選とはいえその熱気はすごい。
会場にはプレイヤーの他に金を払って観覧席で試合を見に来る人間もいるのだ。
予選大会であるにも関わらず会場ではテレビ中継が行われ、司会進行にはスポーツ実況でおなじみのアナウンサーが就いている。
渦巻く熱気を感じながら僕は戦意を高揚させていく。
「よし、じゃあさっそく第一回戦の対戦相手を確認しようぜ」
エンドウが僕と肩を組もうと手を伸ばしてくる。
「……このデバイスを使えばいいんだよな」
僕は伸ばされた手を軽く払いのけると、手にしたゴーグル型のデバイスに視線を落とす。
ショップ大会の際に使われていたデバイスは市販されているヘルメットタイプのものだった。
脳が思考する際に発する電磁波を読み取り、アバターを操作。
それによる結果をモニターに表示するものだった。
しかし今回の大会で使われるものは大会用に運営が小型化、機能拡張を行ったゴーグル型のデバイスだ。
アバターを動かす仕組みは同じだがマシン部分が大幅に小型化されており、スキーの際に着けるようなゴーグルの形となっている。
機能も一部追加されており、運営からのメッセージを表示したり、登録した仲間との無線通信も可能だ。
僕はデバイスを装着するとその機能の一つであるメッセージ機能を起動する。
「一回戦の組み合わせの連絡が来ているな」
「一回戦の俺たちの対戦相手は……チーム『遂理宗』だ!」
僕らはデバイスに表示された一回戦の対戦相手の情報に目を通す。
「遂理宗って、またずいぶん変わった名前だな。こんな大会に出るようなチームだ。本当に宗教組織ってわけじゃあないだろうに」
「いいや、サイク。遂理宗の連中は寺院に属する立派な修行僧だぜ。サイクも名前ぐらいは聞いたことあるだろ」
「いいや、全然知らん」
僕の返答にエンドウは大げさに肩を落とす。
「おいおい、知らないとかまじかよ! 最近若者の間で支持されてる新興宗教だ。ニュースでも何度も名前が挙がっている。割と有名だと思うんだがな」
「いや、仕方ないだろ。最近は執筆にかかりきりで創作にかかわること以外あまり情報には触れていなかったからな」
「ある程度、世俗について知っておくのも物語を作るには大事だと思うぜ」
ニヤニヤ笑いを作るエンドウを一瞥する。
そもそもなんで僧がチームでゲーム大会に参加しているんだよ。
宗教家と真犯人オンライン。接点は見いだせない。
「うるせえな。それよりも対戦相手のことだ。遂理宗っていうのはどういう奴らなんだ」
「我らに何か用であろうか」
背後からかけられた低く重みのある声。
振り返ると、そこには二人の男が立っていた。
「我らは遂理宗。理を追求する者なり」
「お主らがワシらの一回戦の対戦相手じゃな?」
声をかけてきたのは僧服を纏う二人組であった。
一人は10代、一人は60歳を超えているだろう見た目の男達。
二人に共通するのはその暴力的なまでに鍛え上げられた筋肉質な肉体だ。
僧というよりもそういうコスチュームのプロレスラーだといった方が納得感のあるほど、服の上からでもその肥大化した筋肉がうかがわれる。
「……」
突然のことに僕は言葉を失う。
いきなり話しかけられてもコミュ障の僕が自然に応答できるわけがなかった。
「あんたらが次の対戦相手ってわけだな。俺はエンドウ。こっちがサイク。よろしく頼むぜ」
「うむ。ワシは
一方、エンドウは戸惑いの表情こそ見せたもののすぐに手を差し出し男へと握手を求めた。
……臆面もなく握手を交わすとか、なんだこのコミュニケーション強者達は。
握手を交わすエンドウとアゴウ。
うん。この中に入っていくのは僕では不可能だ。
僕はその様子を遠巻きに見つめる。
「ワシは耳がいいんじゃよ。お主らの会話からワシら遂理宗の名前が聞こえたものでな。教えを広めるのも僧の務めじゃ。この大会には修行の成果を試しに来たのじゃが、ここはひとつワシらの説法でも聞いてもらえるかのお」
「我らの目的は理の追求なり。精神のみでは足りぬ。肉体、そして頭脳をも用いて理を解き明かす。ゆえに遂理宗という」
「医学や科学の進歩は人を死から遠ざけおった。それは理を追求する時間が伸びたことを意味するのじゃが」
「死という明確なタイムリミットが消えた今、人々の進化の歩みは停滞した」
「進歩無き生は死んでいるも同じ。ゆえにワシらは人の到達すべき理へと至る修行を続けるのじゃ」
変わる変わる説法を始めたアゴウとウンサイ。
……試合前に変なのに捕まっちまった。
(エンドウ。どうする、これ。話、長くなりそうだぞ)
(別にいいじゃねえか。試合まで後10分。どのみちこの後対戦するんだ。仲を深めておいた方が試合が盛り上がるってもんだぜ)
(いや、僕は試合に向けて集中力を高めたいんだが)
エンドウは僧たちの話に興味があるようだ。
確かに説法を受ける機会なんてそうそうないし、平時であればいい経験だと聞くのもやぶさかではないのだが。
(すまん。エンドウ。僕はこの場を離れるぞ)
ミステリーに対し妥協はしない。
今は試合に集中することを優先するべきだ。
僕はこの場を離れる判断をする。
「そういう点ではサイク殿はいい目をしておられる」
「えっ!? あ、ああ?」
突然アゴウが僕へと話を振ってきた。
僕をこの場から逃がさないつもりか!?
「果たすべき理を持ちそれに努力する。エンドウ殿、サイク殿は二人ともそんな理を見据えるいい目をしている」
「あ、ありがとうございます」
突然話を振られうまく返せるはずもない。
まっすぐ僕を見つめるアゴウの視線に僕の足はその場から動けなくなってしまう。
「試合開始までまだ少しの猶予がある。ぜひともお二人の理を聞かせてもらえないだろうか」
「えっ!? あっ、はい」
結局僕らは試合開始時刻までこの僧侶たちの話に捕まるのだった。
*
9:40 公明ドーム 西大会議室
訪れる試合開始時刻。
「我らは理を追求する修験僧、チーム『
「肉体を鍛え、頭脳を磨き、真理を求める者なり」
「「いざ尋常に勝負!」」
結局彼らからは試合開始直前まで説法を聞かされることになった。
先ほどまでの打ち解けた雰囲気から一転、気迫のこもった名乗りは対峙する僕たちに確かなプレッシャーを与える。
「僕たちは負けるわけにはいかない」
「あんたらも相当な使い手みたいだが、勝つのは俺たち『デッドエンド』だ」
それが僕たちのチーム名だ。
互いに対峙する四人。
僕らが決意の言葉を口にするのはやはり同時だった。
「「「「 犯行開始! 」」」」
地方大会一回戦。僕にとっての最初の公式戦の幕が切って落とされた。
~~~~~
第一回戦
チーム『デッドエンド』
VS
チーム『遂理宗』
Start!!
~~~~~
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