第一話 サイクの動機

『見事、事件を解決クリアに導いたのは羅主都ラスト高校ミステリー研究部の皆さんです!』


「「「うおおおおおおおおおおおおおお!」」」


 熱狂。

 スタジアムを覆う熱量が僕の凝り固まった脳髄を溶かす。


 井原秀作。

 今では敬愛する彼の試合が、停滞していた僕の人生に光を当てた。

 あの日から僕の人生は始まったのだ。


 都内の公立中学に通う三年生。

 人並みに勉強はできて、運動は少し苦手で。

 授業態度は真面目。交友関係も仲のいい友人が数人いる。

 そんなどこにでもいる普通の学生。それが僕だった。


 その当時は将来設計なんて考えたことすらなく、周囲の皆と同じように地元の進学校へと進み会社員にでもなるのだろうと思っていた。

 高望みしなければ学力的に進学は問題ない。

 小さなつまずきはあってもおおむね順調な生活。

 けれども僕はその進路に不安を持っていた。


 本当にこれでいいのか。

 進む先に、もやがかかっているかのような漠然とした不安。

 考えても答えは見えず、周囲へ不安を相談しても考えすぎだと笑われるだけ。

 自分がこれから進むべき道は正しい道なのか。

 大きな決定を前にした答えの出ない悩み。

 そんなときに出会ったのが秀作さんの推理合戦バトルだった。


「すごい、すごいです!」


 その場にいるだけで伝わってくる熱量。

 友達がたまたま当てたチケットで数合わせに呼ばれた真犯人オンラインの決勝戦。

 相手の繰り出す渾身のトリックを整然としたロジックで解き明かしていく姿。

 どんな謎にも答えを見出していく井原秀作の姿は、答えの見えない目の前の問題に一人悩む僕にとっては痛快なものだった。


 最初は興味本位だったのかもしれない。しかし、ネット上で秀作の試合動画を次第に確信に変わった。

 彼こそ僕の人生における目標であるのだと。

 僕はロジックという道を示してくれるミステリーの世界へと傾倒していった。

 

 高校は秀作が通っていたのと同じ羅主都ラスト高校に決めた。

 学力的には少し高かったが情熱にものを言わせ努力を続け、無事に合格。

 部活はもちろんミステリー研究部に入った。

 友人と共にミステリー談議に花を咲かせる日々。

 そして気づけば僕の心にはある思いが湧いていた。


 僕も秀作と同じ舞台に立ちたい。

 その日から僕はミステリーを書き始めた。


『うーん、サイク君。これ面白くないよっ!』


 もちろん僕に秀作ほどの才能があるわけじゃない。

 毎日トリックを考え、文章に起こし、努力を重ねた。

 ミステリー研究部の部員たちにも作品を時折見せては酷評を受けた。


 時にはどうしても乗り越えられない壁が存在した。

 それでも何度も書き続けているうちに、文章は形となってくる。

 仲間から良い評価を受けるようになると、自信をつけた僕は出版社へと原稿を送るようになった。

 その時にはすでに高校を卒業し、進学か就職か。これからの人生を決める岐路へと立っていた。

 そんな中、たまたま原稿が編集者の目に留まり連絡が来たのだ。

 編集者と話すうちに雑誌の連載の話が上がる。

 こうして僕はミステリー作家になったんだ。




 あれから5年半。

 ミステリーを書き続けいくつものトリックを生み出してきたが、最初に抱いた目標への熱意だけは失ったことが無い。

 秀作と同じ舞台に立つ。

 立って自身のトリックを認めてもらう。

 それが僕の人生の目標だ。


『真犯人オンライン全国大会 第10回大会を記念し、初代王者井原秀作が大会本戦に参戦!』


 だから。秀作の大会参加を知った時に僕は運命を感じた。

 出版社の社長を父に持つエンドウの情報網からもたらされたその報せ。

 僕が真犯人オンラインに参加を決めた矢先の出来事だ。


 思い起こされるのは中学生のひと時。

 友達の画面でたまたま秀作の試合動画を見たあの瞬間だ。

 秀作と同じ舞台に立つ。

 夢は現実に手が届くところまで来ているのだ。

 

 そのために必要なのは大会での勝利だ。

 本戦に出場できるのは予選大会の上位二組のみである。

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