第十二話 VS 烈火の探偵 解決編②

●09:02 食堂


 エンドウとの最後の攻防。

 極限にまで追い詰められた僕の前に舞い降りた勝利へのロジック。

 僕はその見つけ出した確かな道筋を前に勝利を確信する。


「管理人の殺人。犯行が可能だとされているのは私と、男性登山家様、あなただけです」


 衆目の注意を集めるように私は声を大にして推理を披露する。


「容疑者は二人。ならばロングコートのお客様の殺人。それが可能だった方が犯人となる。この論理はよろしいですね?」


「ええ。ですからその調査を今から行おうと話していたのです」


「その必要はありませんよ。私が真実を知っています」


 この場を一度閉じて調査を開始したいエンドウ。だが、逃がしてなるものか。

 時間を与えれば管理人の殺人は必ずエンドウには犯行が不可能であったことが知れてしまうだろう。

 ならばここで勝負をつける。

 私は強い言葉を口にし、エンドウに視線を向ける。


「まず状況の整理から。ロングコートのお客様は玄関から10メートル程離れた場所に倒れていました。そこに続く足跡は被害者の物のみ。犯人が被害者をその場に運んだのだとしたら足跡が残るはずです。しかしそれが無かった。もっと単純に考えればよかったんです。足跡が無かったのなら、足跡の人物はその場にいたのだと」


「死体発見現場に別の人物がいたっていうんですか? いくらなんでもそれはあり得ないですよ。あの場は屋敷から10メートル以上離れた場所でした。周囲に視線を遮る構造物は無く、とても人一人が隠れられるような場所は無かった。仮に犯人が雪の中に埋まっていたのだとしても人一人が隠れられる空間が必要になります。雪を掻き出した痕跡が残るはずです」


「ええ。確かにあの場に二人目の人間がいたとは考えられませんね。なにせあの場所に倒れていたのは、ただ一人だったったのですから」


 エンドウの目が見開かれる。

 その顔に浮かぶのは驚愕の表情だ。

 僕は自身の渾身の推理をエンドウにぶつける。


「トリックはこうです。朝食後、単独行動をとったあなたは被害者から事前に奪っておいたコートと靴を身に着け、雪の上にうつぶせで倒れた。ロングコートのお客様なんて彼しかいませんでしたからね。うつぶせに倒れることで顔を伏せることができ、近くで確認されない限り入れ替わりは気づかれません」


「死体の背中にはナイフが刺さっていました。あれはガムテープか何かで固定し、赤い染料でも撒いて血の代わりとしたのでしょう。そしてあなたが扮するコートのお客様の死体が発見されたとき、あなたは温泉に仕掛けていた爆弾を起爆させた。そうすれば目撃者の興味は温泉の方向に向き、あなたのそばから人はいなくなります。爆弾を爆発させた目的は私たちを誘導することで死体発見現場から人を遠ざけることだったのです」


「あなたは、人がいなくなった隙に本物の死体と入れ替わった。死体は玄関のロッカーの中に隠していたのですよね。ロッカーには血の跡と血にまみれたビニールシートが残っていましたよ。死体にコートと靴を着せ、再度死体の背中にナイフを突き立てた。ナイフの刺し傷が二つ死体の背中に残っていたのはこの偽装工作のためです。現場までの足跡はすでに私達が残したものがありますからそれに紛れさせることで怪しまれることなく死体に近づくことができたのです。自身の体を使った入れ替わりトリック、それがこの事件の真相です。そしてこのトリックが使えるのは死体発見時のアリバイが無かった男性登山家様、あなただけです」


 僕の推理。訪れる静寂。

 相対するエンドウの首が力なくうなだれる。そして。




「う、ううううううう。うおおおおおおおおおおおおおおお。自白サレンダーだ! 俺の負けだぜ、サイク!」


 エンドウの自白サレンダー宣言。

 場の静寂を破ったエンドウの咆哮がこだまする。


 表示されていた食堂の人物たちは消え、眼前の風景が黒へと切り替わる。


『おめでとうございます。対戦相手が自白サレンダーを宣言しました。あんたの勝利です!』


 耳元に響くひときわ大きなファンファーレ。

 激戦を超え、僕はエンドウに勝利したのだ!


「いよっしゃあああああああ!」


 僕は薄氷の勝利をつかんだ興奮から咆哮を上げる。

 自身の中を渦巻く確かな熱量。

 興奮そのままに僕はヘッドモニターを取り外したのだった。

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