第十一話 VS 烈火の探偵 解決編①
●8:42 食堂
「皆さま、集まっていただきありがとうございます」
食堂に集められた僕ら。
食卓に着く皆の前に立つのは、僕らを食堂へと集めた男性登山家であった。
「それで、なんで私たちを食堂に集めたの?」
「はい。今回の二件の殺人、その犯人が分かったからです。もう犯人の好きにはさせません。
僕はその言葉に焦りを感じる。
推理披露は事件の真相にたどり着いたプレイヤーが相手プレイヤーの犯行を立証するためのゲームシステムだ。
プレイヤーは一ゲームに二度まで推理披露を行うことができ、推理披露が宣言されるとフィールド上の人物は自動的に全員が一か所へと集められる。
推理披露を宣言したプレイヤーは犯人だと推理した人物を指定し、その人物が犯人であると立証できれば勝利、立証に失敗すれば推理披露は不成立となる。
勝利のためには重要な推理披露であるが二度推理披露を不成立にしてしまうとその時点で敗北になるという多大なリスクを負う。
一度なら推理を外してもよいと考えることもできるが、推理披露ができるのはプレイヤーだけである。
推理披露を行った時点で自身の正体を相手に明かすことになるのだ。
プレイヤーとして前に立つからには相手には犯行を立証する絶対の自信があると考えるべきだろう。
僕は感情を押し殺すように下を向き、心を静める。
「さて。まどろっこしいのは嫌いです。まずは犯人を指名しましょう。犯人はあなたです。機械技師さん」
男性登山家、いや僕の対戦相手であるエンドウは当然のごとく犯人に僕の名前を指名する。
「私は殺人なんてやっていません。どうして私を疑うのですか」
つとめて冷静に。
僕は不安を押し殺してエンドウと相対する。
「それを今からご説明します。まず、今回は二つの殺人事件が起きました。一つは玄関前で起きた殺人です。コートの男性がナイフで刺されて亡くなっていた事件です。朝食後、女性登山家さんが発見した」
僕は黙ってエンドウの推理を聞く。
当然他に発言するものはなく、場は水を打ったように静まり返っている。
コートの男の殺人。これはエンドウの犯行だ。
玄関前、雪の上で見つかった刺殺体。
現場に残された足跡はターゲットであるコートの男性のものだけであり、犯人の足跡は残されていなかった。
足跡消失トリックによる不可能殺人。
僕はその真実にいまだたどり着いていない。
「二つ目が温泉施設で起きた殺人。こちらはこの山荘の管理人さんがなくなっていました。死因はナイフで頸部を刺されたもの。こちらは女性登山家、学生ペア、機械技師により死体が発見されました」
こちらは僕の犯行だ。今からエンドウが推理するのは当然こちらの犯行だろう。
温泉施設の男湯の浴室で見つかった管理人の死体。
男湯の入り口は僕が施したトリックにより開かなくなっており、鍵は内側からかかっていたため部屋の外にいた人間には犯行は不可能であるというロジックを生み出している。
「今回二つの事件がありますが僕が犯人を指摘するのは温泉施設での殺人についてです」
「どういうことでしょうか」
「玄関前の殺人は犯人の足跡が残されていませんでした。あれではだれにも犯行は不可能であり、僕は犯人が足跡を消した方法が検討もつきません」
ちっ、よく言うぜ。自分でトリックを弄したくせに白々しい。
僕は心の中で毒づくが、声に出して反論はできないでいる。
「一方、温泉施設の殺人。男湯の扉には内側から鍵がかけられており誰にも犯行は一見不可能であると思われます。しかし、温泉施設の犯行はトリックを使うことで外部の人間でも犯行が可能なのです。それを今から証明します」
簡単に言ってくれる。
だが、爆弾でのトリック成立阻止は失敗している。
僕のトリックがそんなに簡単に見破られるわけがないのだ。
絶望的な状況だが、エンドウの推理にはきっと反論の余地があるはずだ。
絶体絶命の状況であるが僕はあきらめない。
10万円を手にする。僕はその意思を強く持ちエンドウを見つめ返す。
「まずは温泉施設での死体発見時の状況をこの場で共有しましょう。管理人の死体を発見したのは機械技師、男子学生、女子学生、女性登山家の四人です。四人は玄関でコートの男の死体を調べていたところ温泉施設の方から爆発音が聞こえたため慌てて様子を見にいきました。爆弾が爆発したのは女湯の方で、女湯を調べた四人は続けて男湯も調べました。男湯の浴室の扉は鍵が掛かっているためか開かず、四人は内部に誰かいるのではないかと考えた。爆発の衝撃で意識を失っている可能性があると考えた四人は扉を体当たりで破り浴室内に侵入。浴室内で倒れている管理人を発見した」
「ええ。鍵は内側からかけられていたから犯人は中にいると思って私たちで調べたわ。でも、浴室内には人が隠れられるところなんてなくて犯人はどこにもいなかった」
「鍵がかかっている以上誰にも犯行ができないというのは確かに正しいロジックです。管理人さんはこの施設のマスターキーを持っていたようですが浴室の扉は内側からしか鍵がかけられない。つまり鍵がかかっていたのなら鍵をかけた人物は確かに内側にいるはずです。ですがそもそも前提が間違っている。浴室に鍵はかかっていなかった。これがあの不可能状況を説明する真実です」
予想通りのエンドウによる推理。
ここまでは推理披露がなされた時点で想定内だ。
問題はエンドウが密室トリックの謎を正しく解いているのかどうかだ。
あいまいな部分があれば付け入る隙となる。
そこをついて立証を不成立にするのだ。
それでは時間稼ぎにしかならないが今はそれでしのぐしか仕方がない。
僕は反論を口にする。
「鍵がかかっていなかったって、私たちが男湯に入ろうとしたとき確かに扉は開かなかったわ」
「爆弾の影響で扉が変形していたんじゃないでしょうか」
エンドウの推理。僕はニヤリと口元をゆがめる。
よし。爆弾で扉が変形したというこの線なら突き崩せる。
「私は扉を調べたけれど扉の鍵は掛けられた状態で壊れていたわ。私たちが体当たりで扉を開いた時に壊れたのよ」
「鍵が事前に壊されていたとしたら? 例えば犯人は温泉に入る管理人を殺しに浴室に来た。浴室には鍵がかかっていたため鍵を破壊。犯行後はそのまま扉を閉じておけば爆弾の爆発による扉の変形が起きれば同じ状況を作り出せる」
「それは考えづらいでしょう。ここは豪雪地帯で雪崩が多い。災害対策は万全に施されています。雪崩の衝撃に備えるための地震対策もその一つです。扉には耐震蝶番が使われており爆発の衝撃により扉の枠が変形してもまず開かなくなることはありません。仮に扉が開かなくなるまで変形していれば目視でそれとわかるはずです」
トリックを不成立にされてたまるものか。
必死に反論を試みる僕。
エンドウを見ると彼は……笑っていた。
「なるほど。では、もう考えられる可能性は一つしかありませんね。機械技師さん。あなたは温泉の温度を調整し生み出した気圧差を利用し密室状況を作り出したんです」
なっ!? エンドウの言葉に僕は固まる。
くそ。嵌められた。エンドウは初めから真相にたどり着いていたのだ。
僕の反論を許したのは、あとで言い逃れができないよう先に別解をつぶしておくためだろう。
僕はエンドウに踊らされていたのだ。
僕が固まる間にもエンドウの推理は進む。
「女性登山家さんの証言では男湯の扉を開いた際に風が中へ吹き込んでいったと証言しています。風が吹くほどの気圧差が浴室の内と外であったことは間違いありません」
「……それでなぜ私が犯人になるのでしょうか。密室が破られたのならだれにでも犯行が可能になるんじゃないですか?」
「いえ。そうではありません。これは密室の作り方を考えればわかることです」
僕の絞り出した言葉もエンドウにより一蹴されていく。
「浴室の扉は浴室から脱衣所の方に開く仕組みになっています。つまり浴室側が陰圧であったはずです。おそらく犯人はまず浴室内の温度を上げて空気を膨張させたのでしょう。膨張した空気は密度が薄くなります。その状態で浴室を密閉。浴室内の温度を元に戻せば浴室内に陰圧を作り出すことができます」
「それでなぜ私が犯人になるんですか」
「今のトリックでは犯人は空気を熱する時と、元に戻す時、二回温度の操作が必要になります。昨晩のアリバイを思い出してみましょう。アリバイに穴があるのは三人。僕と、女子学生さん、そして機械技師さんです。その中で犯行が可能なのは誰でしょう。アリバイに二回穴がある人物。それはあなたしかいません。つまり、あなた以外に犯行は不可能なのです」
思考がとまる。
二回アリバイに穴がある人物が犯人であるというロジック。
まずい。確かにそのロジックでは犯行が可能なのは僕だけだ。
ここから巻き返せる手段は! ……思いつかないっ。
「本当にアリバイが無い人はいないんですか。私は無実です」
「残念ながら7時までの間にアリバイが無いのは事件の被害者を除けばあなただけなんですよ」
何とか言葉をつなぎ考える時間を作る。
だがそもそもNPCのアリバイは自動生成されるのだ。穴があるわけがないじゃないか。
エンドウのアリバイだって穴があるのは自身が犯行に及んだであろう一度きりだけだ。
くそ。せめてエンドウにアリバイの無い時間があれば。
何か、何かないか。なんでもいい。思い出せ!
『カズ君、どこ行ってたのよ。私一人で怖かったんだから』
『ごめん。こんな状況だろ? 推理に夢中になっちゃって』
……そうか。あるぞ。
「いいえ。犯行が可能なのは私だけではないわ」
「機械技師さん、どういうことでしょうか」
僕の反論にエンドウは心底不思議そうに首を傾げる。
そう。本来ならこれで詰み。反論などあるはずがない。そう思っているのだろう。
NPCも、エンドウも犯行時刻に二か所以上のアリバイの穴がある人物はいない。
だが、穴は確かにあったのだ!
「死体発見時のことよ。食堂で朝食を食べた後私たちは管理人とコートの男の探索に向かった。学生のお客様二人は食堂に残り、私と家族のお客様三人はロングコートのお客様の客室へ、そして登山家のお客様お二人は外を探しに行きましたよね……ところでコートの男性の死体を発見した時、女性登山家様は一人でした。おかしいですよね。二人で探しに行ったはずなのに、男性登山家様、あなたはその時どこにいたんですか」
「それは、一人で探索を」
「それはおかしいですよねえ。食堂から玄関の間には人がいそうな探すべきところはありません。人を探すのなら外を探しに行くはずです。しかしコートの男は山荘を出てすぐの所に倒れていた。もし外の調査に向かったのならあなたが一番に死体を発見していなければならない」
「うっ。そっ、それは」
「女性登山家様。死体発見時の男性登山家様の行動は分かりますか?」
「ええっと。皆が探索に向かうとなった後、彼は忘れ物をしたから少し待っていてと私を食堂で待たせて玄関の方に向かったんです。その後しばらく待っても戻ってこないから私も玄関の方に向かったんです。そうしたら死体を発見してしまって」
「だそうですよ? 男性登山家様」
「う、ああ」
このゲームの基本は団体行動だ。そうでなければアリバイが証明できない。
だが、どういうわけかエンドウは単独行動をとった。
おそらく爆弾の起爆に必要だったのだろう。
そして、それが致命的な隙となる。
「ならば導かれる答えは一つしかない。コートの男性を殺したのはあなただった。だから外に出たときに死体を見つけても反応をしなかった。そして管理人を殺したのもあなただ」
エンドウはまだ反論の言葉を用意できないでいる。
そう。殺人は犯行時刻内に終わらせる必要があるがトリックを仕掛けるのは犯行時刻である必要はなかったんだ。
畳みかけるなら、エンドウが反論を用意できていない今だ!
「ロングコートのお客様をどうやってあなたが殺したのか。それは今わかりません。ですが、管理人を殺した方法なら私の拙い推理でも提示できますよ」
「違う、僕はやっていない」
「あなたは夜間、20分程外出をしている。そして朝食後の単独行動。これで二つのアリバイの空白ができました。つまりあなたには犯行が可能だったというわけです。男性登山家様、犯人はあなたです」
よし。これでエンドウにも殺人が可能であったことを証明できた。
エンドウの不運は僕のトリックが犯行時刻後にも仕掛けることができるタイプのものであったことだ。
「いいや。それでは立証不十分ですよ」
「あなたが犯行可能だということは提示しました」
「ええ。ですが、女性技師さん。あなたにも犯行が可能だった事実は変わらない」
しかし、エンドウはそのまま負けてはくれなかった。
そう。犯行の立証には相手が犯行可能だと示すだけではだめなのだ。
そして、今僕は窮地に立たされている。
おそらく詳細な調査をすれば温泉の方の殺人は僕が殺したという証拠が出てくるだろう。
例えば工具箱。
あれは現在僕の部屋に置かれている。
というかあれは機械技師の持ち物だ。
他の人物が無断で僕の自室に入り使ったという言い訳は難しい。
工具箱が無いと管理室の温度調節はできない仕様だ。
エンドウはそのことをまだ知らないのかもしれないが調査を再開すればすぐに判明する事実だろう。
つまり、ここだ。ここで決着をつけなければ僕は敗北する。
夢をかなえるために必要な10万円が遠のいていくのを感じる。
時間は無い。考えろ。こんなところであきらめられるか!
温泉の方は僕の殺人だ。考えても仕方がない。
考えるべきはコートの男の殺人だ。
そもそもエンドウの行動には不可解なものが多すぎる。
今までは容疑者の一人にすぎなかったがこうしてエンドウが殺人を犯したという視点に立てば無駄な行動が多すぎるのだ。
まずなぜ単独行動をしたのか。
爆弾を爆発させるのに他の人物を巻き込まないために目視が必要なのだと考えたがそれならそもそもなぜ爆弾を使ったのか。
前提として、エンドウが爆弾を使ったこと自体がおかしいのだ。
僕が密室トリックを使うなんてゲームが始まってみないとわからない。
現に僕はステージを見たとき10以上は使えるトリックを思い浮かんだ。
その中から密室トリックを選んだのはたまたまだ。
仮に、僕が密室トリックを使ってくることを予測しエンドウが爆弾を選択していたのだとしてもどの部屋に密室を作り出すのかはわからないはずだ。
結局爆弾が爆発したのも女湯であったし、エンドウは僕がどこで殺人を犯したのかは知らなかったのだろう。
あの時は管理人の鍵を使い温泉施設の鍵を閉めていた。トリックが完成するまでは死体は発見されないようになっていた。
400HPというポイントをはたいて爆弾を用意したからにはやはり何かあるはずなのだ。
爆弾を使わなければならなかった理由が。
単独行動をとらなければならなかった理由が。
……そして、考えた末全てがつながる。
そうか、これが真相か。
僕の推理は初めから間違わされていたんだ。
「どうやらこれではお互いの犯行は立証不可能なようですね。一度捜査を再開しましょう」
「いえ、その必要はありません。立証ならできますよ。ロングコートのお客様の殺人。やはり犯人はあなただ!」
「……聞かせてもらいましょうか。あなたの推理を」
僕の言葉にエンドウは鋭い視線を僕へと向ける。
さあ、ロジックは揃った。
エンドウとの最後の攻防が始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます