第九話 VS 烈火の探偵 捜査編④

●8:06 食堂


 ふう。一時はどうなるかと思ったが僕のターゲットの死体が発見され、トリックが成立した。

 状況が好転したわけではないが、何とかこれで一段落だ。ようやく捜査に本腰を入れられる。


 温泉での死体発見後、一度皆で集合するように僕らは呼び掛けて回った。

 すでに全員が事件の起きたことに気がついており建物の周囲を調べていた者もいるようだ。


 全員が食堂に集まったことで昨夜から全員の行動を確認する流れとなった。

 つまりアリバイの有無を確認するのだ。


「カズ君、どこ行ってたのよ。私一人で怖かったんだから」


「ごめん。こんな状況だろ? 推理に夢中になっちゃって」


 女性登山家は先に山荘へと戻っていた男性登山家に詰め寄っている。

 男性登山家は女性登山家の死体発見時、別の場所へ女性登山家を置いて捜査に向かっていたらしい。

 そういえば男性登山家は推理オタクという設定だったか?

 他の人物もそれぞれ食堂の椅子に腰かけて互いに話している。

 皆、どこか不安げなのはこの状況では仕方ないだろう。


 僕はそれぞれからアリバイの聴取を行う。


① 家族三人の証言


「夕食が終わり解散となったのが18:00頃でしたよね。僕らはその後一度自室に戻り、19:00頃全員で温泉に向かいました」


「うん。温泉、おっきくて気持ちよかったよ。僕はお父さんと入ったんだ」


「19:30頃私が温泉から出るとすでに夫と息子は温泉から上がっていたので自室へと戻りました。自室にはトイレもあるため19:30以降は、朝食で食堂に集まるまで部屋の外に出ていません」




② 登山客二人の証言


「私とカズ君は夕食の後自室に戻ったわ。部屋で休憩したあと温泉に向かったのが20:00頃ね。その時は誰とも会わなかったわよ。それで30分程温泉に入って20:30に自室に戻ったわ」


「21:00頃、どうにも寝付けなくて彼女を起こして食堂に行ったんだ。だって、雪崩で道がふさがっているっていうだろ。怖いじゃないか。食堂に行くと管理人、コートの男、機械技師の三人がいたから一緒に混ざって話し込んでいたよ。22:00に管理人さんが温泉の戸締りに行くというからそこで解散となって僕らは自室に戻ったんだ。それ以降は朝まで部屋から出ていないよ」


「うん? そういえばあなたは01:00頃部屋から出て行ったわよね。どこに行っていたのかしら」


「あ、ああ。ただの散歩だよ。寝付けなくてね。廊下の窓から星を眺めていたんだ。でも20分ぐらいで戻ってきただろ。事件とは関係ないよ」




③ 学生二人の証言


「私たち、何もしていません!」


「僕らは19:30にお風呂に行きました。その際、三人連れの家族旅行客とすれ違いました。僕らは20:00には風呂から上がって部屋に戻りましたよ。だけど24:00頃部屋の暖房が壊れてしまって機械技師さんに修理を依頼しました。治ったのが40分後ぐらいでしたね。その間は技師さんと一緒にいました。それ以降は部屋から出ていません」


「暖房を修理している間、寒かったので私は少し歩いていたわ。外には出ていないけど……証明はできないです」


 以上が皆の回答だ。

 ちなみに僕にも犯行時間以外はアリバイが設定されている。


 18:00、夕食が終わるとすぐに温泉に行き入浴。

 21:00頃、管理人、コートの男、登山客二人と雑談。22:00に解散。

 皆には当然言えないが22:00から40分、23:40から20分が犯行に及んだ時間だ。

 犯行時間を除く21:00~翌07:00の朝食までは雪崩への対応のため仲間の技師とテレビ電話で連絡を取り合っていたことになっておりアリバイが成立している。




【時系列】 NEW!


18:00 夕食終了

19:00 家族の三人が温泉へ。

19:30 家族の三人が温泉より戻る。これ以降家族の三人は自室から出ていない。

     学生二人が温泉へ。

20:00 登山客二人が温泉へ。

     学生二人が温泉から戻る。

20:30 登山客二人が温泉から戻る。

22:00 コートの男、管理人が最後に目撃された時刻

    管理人は温泉施設の戸締りのために温泉へ。

    コートの男、機械技師、登山客二人は自室へ。

    家族の三人、学生二人は自室にいたと証言。

24:00 学生二人の部屋の暖房が故障。機械技師が対応。

00:40 学生二人、機械技師が自室へ。

01:00 登山客男性が散歩へ。

01:20 登山客男性が自室へ。


機械技師は21:00~翌07:00の間、山荘の管理会社とテレビ電話で連絡を取り合っていた。

途中で休憩をとった22:00から40分、23:40から20分以外はアリバイが成立している。




【死亡推定時刻】 NEW!

管理人、コートの男が公に目撃された最後の時間は22:00。

死体発見時刻が07:00過ぎ。

犯行は22:00~07:00の間に行われた。




【アリバイ】 NEW!

22:00~07:00の間において

機械技師は22:00から40分、23:40から20分

男性登山客は01:00から20分

女子学生は00:00から40分

アリバイが証明できない。



 目の前に複数のウィンドウがポップアウトする。

 聴取した内容はこうやってゲーム内部に記録され、いつでもウィンドウで確認できるらしい。


 おっと。あまりウィンドウを見つめていてはエンドウに僕が対戦相手だと告げているようなものだ。

 僕は懐から手帳を取り出すとメモをするふりをして表示された内容を見る。

 ここからは推理の時間だ。

 手に入れた情報を組み合わせて誰がコートの男を殺したのか、特定しなければならない。


 コートの男が最後に目撃されたのが22:00。

 そこから僕が死体を発見した時刻までにアリバイが無いのは男性登山客と女子学生の二人。

 つまりはどちらかが犯人だ。


 女子学生は00:00から40分、男性登山客は01:00から20分の間アリバイに空白がある。

 プレイヤーの犯行時間は1時間だが途中で切り上げることもできる。

 その場合犯行時間外と同様に捜査開始時にアリバイが自動生成されるのだ。


 こう見ると怪しいのは空白の時間が長い女子学生か。

 いや、20分の空白というのは大きい。

 男性登山客も容疑者からは外せないな。



●8:21 死体発見現場


 その後、僕らは二手に分かれて事件を捜査することになった。

 雪に閉ざされて警察が来られない以上、事件の犯人を特定することが安全につながるという判断だ。

 まあ、ここにいる八人の内に捜査を行いたいプレイヤーが二人もいるのだ。

 僕には【キーアイテム】発言力アップもある。

 誰がエンドウかは特定できなかったが捜査を行うという流れになるのは自然なことだろう。


 僕は当然玄関前の死体を調べるよう希望を出す。


 こちらに来たのは家族三人組。

 中学生に死体を見せるわけにはいかないという配慮から三人には山荘内にいてもらい僕単独での捜査となる。

 僕が犯人の場合証拠隠滅の恐れがあるため、親たちは室内から僕の行動を見張ることになっている。

 人付き合いが苦手な僕としては例え相手がAIであっても一人で捜査する方がやりやすいため助かる。


 僕は玄関先に倒れた死体を前にする。

 先ほどは爆弾騒ぎで死体に触れて確認することもできなかったからな。

 見落としが無いように調べよう。


 死体は玄関から10メートルほど離れた場所にうつぶせで倒れていた。

 背中にはコートの上からナイフが突き立てられている。

 ナイフは僕がショップで交換した果物ナイフと同じものだ。

 うつ伏せとなっている男の顔を横に向け人相を確認する。

 うん。コートの男で間違いない。


「おや?」


 ある違和感に気づいた僕は男のコートに触れる。

 よく見るとコートには男の腕が通っていなかった。

 さっき見たときはこんな状態だっただろうか。

 僕は首を傾げる。


 違和感はそれだけではない。

 ナイフで刺された傷も変だ。

 死体の背中にはナイフによる傷が二か所あった。

 一つは肩甲骨と脊柱を避け突き刺されており、おそらく心臓に達しているのだろう。これが致命傷だ。

 もう一つは現在ナイフが刺さっている場所にできた傷だ。そしてその傷が違和感の原因であった。


 生きている間や死後まもなく刺された傷は傷口から血が噴き出す。

 その血が周りに付着するため生前につけられた傷と死後につけられた傷は見分けがつくのだ。

 一つ目の傷の周囲には確かに血が噴き出した跡がある。

 だが、二つ目。ここには血が噴き出した跡がない。

 これは死後、しかもだいぶ時間がたってからナイフが刺されたという証だ。


 犯人が被害者の死んだことを確信できなかったとしたら傷が二か所あることには問題ない。

 しかし、死んだのを確認後、時間が経ってから刺したとなればそこにはエンドウにとって何らかの意図があるはずだ。

 普通であれば恨み故にと考えるところだが、それはあり得ない。

 おそらくエンドウの仕掛けたトリックに関わっているはずだ。


「技師さん、そんな近づいて怖くないんですか?」


 後ろから家族旅行客の父親に声をかけられる。


「まあ怖くないわけではないですが、犯人が分からないまま私たちの周りをうろついていると考える方が怖いですからね。安全のためだと思えばこのくらい大丈夫です」


「……そうですか。ありがとうございます。ですが無理をなさらずに」


 振り向くと父親は青白くなった顔で口元だけ笑みを作っていた。

 おそらく恐怖故に笑顔が引きつっているのだろう。

 うーん、確かにあまり死体に張り付いているのも不自然か? 僕は立ち上がり周囲を見渡す。

 うん。死体を調べるのはこれぐらいにして本命の足跡の調査に入ろうか。


 玄関から死体まで距離は10メートルほどだ。

 僕が発見した時に死体へと続いていたのは一組の足跡だけだった。


 現在はその足跡が事件の重要な証拠であると皆が理解しているため足跡は避けて歩いている。

 幾筋も迂回した足跡が死体へ伸びているが玄関からまっすぐに続いているのは一つだけだ。


 足跡を確認する。

 見る限りその跡は現在被害者が履いている靴の底と一致していた。

 後で犯人に履かせられた可能性は残るがこの状況だけを見れば被害者が自力でここまで歩いてきたように見える。


 この状態を無理なく説明できる筋書きは無いか。

 被害者はエンドウから襲われた。

 ナイフで背中を刺されたが被害者はすぐには死ななかった。

 逃げ出した被害者は自身の靴を履き外に飛び出した。

 玄関から10メートル程歩いたところで力尽き、息を引き取った。


 このシナリオであれば足跡の状況に説明をつけることができる。

 しかし、それだといくつか状況に矛盾が生じるのだ。


 まず103号室に残された血痕。

 あれが偽装でないのなら犯行現場はあの部屋で間違いない。

 そうなると被害者はあの部屋で深い傷を負ったことになる。


 被害者が部屋から外へ逃げ出したのだとしたら途中に血の跡が残るはずだ。

 血が垂れないように工夫したのだとしても血を抑えていたものが死体の近くに残っていなければならない。


 仮に103号室に残された血痕が偽装であったとすると、死体からの出血量と矛盾する。死体から流れた血液は明らかに致死量に満たない。つまり殺害現場があの客室で無かったとしてもここ以外の場所で殺されているはずだ。

 つまり、犯人はこの場に被害者を運んでいるはずで、被害者が自力で歩いて来たという線は消える。


 そうなるとやはり死体を外に運んだのは犯人であるエンドウであるということになる。

 ターゲットはやはり103号室で死んでおり、エンドウが外まで運んだのだ。

 死体は毛布にでもくるんでおけば血は垂れない。

 外に死体を捨てて毛布だけ回収すればいいわけだ。

 後はうまく自身の足跡さえ消してしまえばそれで解決だ…


 そう。やはり問題の焦点は足跡だ。

 エンドウはどうやって足跡を残さずに被害者の死体を外に置くことができたのか。

 その方法が分かればあとはエンドウを犯人に指定できるのだが。


 僕は死体を一瞥し山荘内に戻る。

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