第八話 VS 烈火の探偵 捜査編③
●7:14 連絡路
油断していた。
ここは本格推理小説の舞台ではなくゲームのステージ上なのだ。
対戦相手は犯人が犯行を終えるまできちんと待ってくれる行儀のいい名探偵ではない。
エンドウが僕の犯行が成立するのを黙って待っていてくれるわけがなかったのだ。
僕の生み出した密室トリックは、当然建物が倒壊してしまえば成立しない。
つまり誰でも犯行が可能な状態になるのだ。
僕以外の人物には僕の犯行時刻には絶対に破ることのできない鉄壁のアリバイが用意されている。
トリックが不成立となれば犯人とされるのは、唯一アリバイの無い僕である。
爆弾を使ったトリック崩し。
まさかそんな戦い方があったとは。
普通のミステリーでやれば非難が殺到すること間違いない荒業だ。
僕の犯行計画が爆弾により崩れ去っていく音が聞こえる気がした。
慌てて駆け付けた僕が見たのは温泉施設から上がる黒い煙だった。
「温泉が、爆発してます」
「ああ、次々と。いったい何が起きているんですか」
驚愕に学生ペアが声を漏らす。
くそ、混乱してるのは僕も同じだ。
僕は毒づきながらも何とか思考を巡らせる。
煙が上っているのは女湯側の外壁の方向からだ。
遠くからでは状況の確認は不可能だ。
「状況を確認に行きましょう」
「えっ、危ないですよ。建物が崩れたらどうするんですか」
男子学生から引き留められる。
くそ、今はそんな悠長なことを言っている場合ではないというのに。
ああ、もう。うっとおしい。
「中に人がいるかもしれません。確認に行きましょう」
「でも、まだ煙が出てますよ」
「だったらなおさらです。さっき人が倒れているのを見たでしょう。また誰かが傷つけられたとしたら、私は……」
顔を伏せ無理やり言葉を切る。
男子学生はかける言葉を失ったようだ。
このまま押し切って温泉に行く。
まずは状況を確認しなければ対策を立てようがない。
「行きますよ」
発言力アップの影響もあるのだろう。
顔を上げた僕の言葉に異議を唱える者はもういない。
温泉施設のロビーに入る。
とりあえずロビー部分には爆発の影響は見えない。
爆発の揺れでいくらか物が散乱している程度だ。
ロビーからは男湯と女湯の脱衣所へと通路が続いている。
すぐにでも男湯を確認に行きたいがさすがに女湯が爆発したこの状況で男湯へ向かうのは不自然だろう。
爆発があったのは女湯側だし、僕は今女性のアバターを使っているのだ。
「爆発のあった女湯側を確認しましょう。男子学生様はここで待っていてください」
「そ、そんな! 一人で置いていかないでくださいよ」
「……仕方ありません。緊急事態です。男子学生様も一緒に行きましょう」
女性登山家、女子学生、男子学生を連れ女湯に向かう。
脱衣所は……無事だ。
ここもロビー同様、高いところに置かれていたものが散乱しているが、爆発による影響は小さい。
脱衣所の確認は早々に浴室への扉に手をかける。
女湯の扉には細工をしていないのだ。
それに加えここの扉は災害用に扉が変形しても開くよう蝶番に工夫がなされているのだ。
爆発による影響もなくスムーズに扉が開く。
「これは……」
浴室の中を覗いた女子学生が絶句する。
扉の先に見えたのは浴室の壁に開いた大きな穴だった。
「誰がこんなひどいことを」
僕は
女湯の中はひどいありさまだった。
爆弾はどうやら外壁に設置されていたようだ。
外側から内側に向けて壁の残骸が飛んできており、温泉の床は大小の石のかけらが散乱していた。
爆弾が爆発したのとは反対側の壁、つまり男湯側の壁には幸いなことに大きな被害は見受けられない。
これなら男湯の方は無事である可能性が高い。
「こちらは爆発の痕はひどいですが中に人はいないようですね。これだけの爆発です。男湯の方にも被害が及んでいるかも。確認に行きましょう」
僕は皆を男湯へ誘導する。
*
男子学生を先頭に男湯側の脱衣所へ侵入する。
脱衣所は女性側と同様に物こそ散乱しているが爆弾による大きな被害は無いようだ。
僕はホッと息を吐く。
この様子なら密室トリックも無事だろう。
さて、ここまで来てしまえば浴室内を探索しないというのも不自然だろう。
自分から死体を発見するよう仕向けることになるが、トリックが誰かに認識されるまでは成立しない、ということは今回の爆弾騒ぎで学んだばかりだ。
エンドウに再び密室を崩されることがあるかもしれない。
そんなことになるぐらいならば自分達が第一発見者になって密室状況を確定させてしまうまでだ。
「だめです。扉が開きません。呼びかけてみても中から返事がありませんよ」
男子学生は先ほどからドアをノックして中に呼び掛けていたようだ。
「さっきの爆発で扉が変形したんじゃないの?」
女子学生の言。
ぐっ。いやなところを付いてくる。
爆弾の影響で扉が開かなくなったのなら、密室状況は成立しない。
「いえ。先ほども説明しましたが温泉の扉は変形に強い造りとなっていて、扉が変形したために開かないというのは考えづらいはず。多分中に管理人がいるんだわ。呼びかけて返事がないということは中で気絶しているかもしれない。早く助けてあげないと」
くそ。言い方が苦しいか?
いくら変形に対策がしてある扉と言えど、現に扉が開かないのだ。普通であれば扉の変形により開かないと考えるのが普通だろう。
ここで扉をぶち破って開けてしまえば、鍵には細工がしてある。
扉を破った際に壊れたように見えるようにしてあるため、鍵がかかっていたと思わせることができるのだが。
多少怪しまれるのは仕方がないか。今はトリックの成立が先決だ。
「今は緊急事態だから扉を壊して中に入りましょう。学生さん、お願いできるかしら」
「ええ~。ぼ、僕ですか」
「ほかにそんな力がありそうな人いないでしょう。男なら扉ぐらい蹴破ってみなさいよ。修理費を請求されたらその時は私が責任とるから」
「う、うう。わかりました。やりますよ」
ドン、と男子学生が扉を蹴るがその程度では扉はびくともしなかった。
仕方がないので私と男子学生でタイミングを合わせて扉に体当たりをすることになる。
「「せーの!」」
ドーン、と先ほどより大きな音が鳴り、私たちの体がぶち当たった扉は吹き飛ぶように内側へと開いた。
扉が開いたことで気圧差による強い風が脱衣所から浴室に向け駆け抜ける。
「きゃっ!?」
「いやああああああああああああ」
背後から上がる悲鳴。前を見れば管理人の死体が浴槽から体を乗り出すように倒れているのが見える。
高温にさらされていたせいで皮膚がただれており、管理人の死体はむごたらしい状態になっていた。
ドスンと背後で何かが倒れる音。
女性登山客がショックから気絶してしまったらしい。
学生たちはそれぞれ腰を抜かしその場にしゃがみ込んでいる。
私もある程度驚いた演技をしながらゆっくりと立ち上がった。
「死んでるわ。管理人さんまで、一体何が起きているというの!」
少しわざとらしく驚いて見せる。
うん。なんとかこれで密室が成立した。
もうここにいても仕方がない。向こうの捜査を行いたいし早くここから立ち去ろう。
「二人も人が殺された。殺人を行った人物はきっとまだこの辺りにいるわ。まずは他の皆さんと合流しましょう」
「えっ、もう行っちゃうんですか」
「爆弾が爆発したのはさっきよ。この近くに犯人が潜んでいるかもしれないわ」
「そ、そうか。こんなところにいたら殺される!」
「う、うん。そうだね。みんなで固まっていれば犯人も襲ってこれないよね」
学生ペアは相当おびえている様子だ。
気絶した女性登山客は男子学生に負ぶってもらい僕たちは山荘へと移動する。
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